element story ―天翔るキセキ―
女神の審判
左腕を切り落とされ、血を流し倒れるタイガの姿。それを、リーブは茫然と見ていた。
が、一瞬で女神の方へと視線を移し、睨み付ける。
仲間として接していたタイガを容赦なく切り捨て、彼の返り血を浴びながら佇む女神。
まさしく人形のように整った顔は、美しさよりも無機質さを感じさせた。
「貴方はっ……貴方は、人間を何だと思ってるの!? 勝手に創り出しておいて、いらなくなったら捨てて……!!」
「初めから創り出そうとして人間を生んだわけではありません。偶発的に、貴方がたの先祖が『勝手に』生まれただけです」
「なんですって……!!」
カヤナに表情なく言い返した女神は、間近に倒れ伏すタイガを見下ろして。
「……せっかく、時間を与えたというのに。結局、人間は皆同じ。自分の為なら、何だって切り捨てられる。
だから、――私も、切り捨てるのです。貴方達、人間という生を」
「ハッ。人間を見下す女神サマとやらが、結局は人間と同じ所に堕ちるのか。お笑いだな」
一歩進み出て、アッシュは剣を構える。リーブに制止されると彼を睨み付け、あからさまに不快感を示した。
「言われっ放しでも、腹が立たねぇっていうのか? ――だとしたら、テメェはクソ以下だな」
「アッシュ、落ち着け! お前一人で勝てる相手じゃないのは分かっているんだろう!」
宝剣が女神の手に渡ってしまった今、自分達では女神に太刀打ち出来ない。それはアッシュも理解している筈なのだ。
けれど、リーブの言い分が気に入らないとばかりにアッシュは鼻を鳴らして。
「フン。つまりテメェは何もしねぇって事か。あれだけ偉そうな事を言っていたのになァ? ……この腰抜けが」
「っ……そうじゃない! お前だって理解している筈だろう!?」
二人の言い争いに、女神はただただ冷静に言い放つ。「別に、何人で掛かって来ようと構いませんよ」、と。
「……例えば、そう。全ての人間を味方にして、私ひとりを殺しに来てもいいですよ。
今ここでは、貴方達を見逃してあげても」
ふいに、タイガの身体に白い光が纏わりつく。リーブ達が声を上げるより先に、その身体が宙に浮き、一瞬でリーブ達の元へと飛んでくる。
「タイガ……ッ!!」
リーブだけでは受け止めきれず、後ろに倒れ込んでしまう。
カヤナやベリル達が慌てて声を掛けると、「僕は大丈夫だ」と返してきた。
「出血が……」
まだ息はしているが、タイガは今なお血を流している。一刻も早く手当てをしなければいけない。……したとしても、助かるかは危うい。が、それは誰も口に出さなかった。
「ほら、仲間を助けたいのならば急がなければ。私は逃げも隠れもしませんよ?」
「……テメェッ」
「アッシュ! 頼むから、止めてくれ!!」
「…………チッ」
忌々しげに舌打ちをして、アッシュはリーブ達と共に使い魔へと乗り込む。……絶対に女神に背を向けず、剣も抜いたままで。
「さよなら、人間。また帰って来る事に期待しています」
――無表情かつ抑揚のない声で言われた所で、人間達にとっては薄ら寒いだけだった。
使い魔に乗り込んだリーブ達の気配が、この島から消え去る。
女神は地に落ちたままのタイガの左腕を一瞥すると、やがてその瞳を閉じた。
すると。――瞬く間に、女神の足下に虹色の陣が描かれ、手にする宝剣が同じ色に輝き始めた。
次いで起こるのは、地響き。常人なら立っていられない程の揺れ。――この島全体のつくりが、女神によってその姿を変えられていく。
いくつものエレメントクリスタルが女神を中心に生えていき、元あった洞窟は土のエレメントによって何層もの奥行きを生み出し――。
そうして創られたのは、さながら女神の宮殿だろうか。
島全体がエレメントクリスタルに囲まれ、深淵にも似た出口の見えない、宮殿。その奥深く――ついさっきまで、リーブ達が立っていた場所。
そこに、女神は先刻と変わらず立っていた。
「……――人間よ」
そして、女神は虹色の光を纏いながら声を上げる。――その瞳は、四百年前のあの日に似た――。
『……――人間よ』
その声は、空から響き渡り。この世界中の誰しもが、 耳にしていた。
『四百年の間、私は眠り続けました。貴方達、人間はこの世界にあるべき存在であるかどうかを確かめる為に』
何も知らない人間達は、その異質な現象と声の主にざわめき始める。
『そして目覚めた今、私はひとつの結論に達しました。――貴方がた人間は、この世界には不要の存在だと』
本能的に恐怖を覚えた人間達のざわめきが、波紋のように広がっていく。
『三日後。私は、魔物を使役して貴方がた人間を駆逐します。誰ひとり、残さない。
――全ての人間に、等しい罰を与える。それが、私の最後の慈悲です』
女神の最後の言葉には、僅かな感傷が含まれていた。が、それに気が付いた者はほんの一握りもいないだろう。
――世界は、混乱に見舞われる。四百年前の日と、同じように。
「…………!!」
そしてロックもまた、他の者と同じく空を見上げて、女神の声を聴いていた。
――女神が、復活してしまった。
エリィに言われた通り、彼女のエレメントロックを破壊できなかったが為に。彼女を切り捨てる決意が、できなかったが為に。
「……くそッ」
どうしようもない気持ちをぶつけるように、ランジェルが地面を蹴りつける。
先程までよりも大きくなった人々の叫び声が、まるで自分を責めているようだと、ロックは思った――。
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