element story ―天翔るキセキ― その手の行き先 ――その時その瞬間。その場にいた誰もが、油断していた。 「な……!?」 タイガの周囲から、虹色の光が幾つも発現する。その中から現れたのは、分厚い刃を持つ『宝剣』。 「――俺から離れろッ!!」 タイガの意思なしに、今まで宝剣が姿を表したことはない。 一瞬で異常事態だと把握し、タイガは叫び、使い魔に同乗していたオブシディアンやベリル、彼女に抱き締められていたエルを振り落とした。 「きゃあ……っ!」 「ベリル! エルっ!」 思わず叫ぶカヤナ。 ベリルとエルは、地面に叩き付けられる寸での所でオブシディアンに抱き留められる。 三人はそのまま地面を転がったが、全員ケガなどはしていないようだ。 「タイガ!」 リーブが思わず叫んだと同時に、宝剣の光が強さを増した。 それが空中に眩い虹色の軌跡を描き、やがて。 「――め……が、み」 タイガのすぐ隣。息が掛かるほどに間近。 ついさっき、確かにその手で殺した筈の女神イリスが――変わらぬ姿で、そこにいた。 人ならざる者の、殺気に満ちた視線。 そして何よりも、その圧倒的な存在感。それらが、タイガに身体どころか指一本動かす事も許さない。 「ぐっ……」 多少離れているリーブ達ですら大きなプレッシャーを感じるのだ。寧ろ、間近にいるタイガが声を発する事が出来たのは奇跡に近いだろう。 「…………」 ゆっくりと、女神イリスは周囲を見回す。まずタイガの顔をなぶるような目付きで見つめ、次いでオブシディアン達を見る。 視線はアッシュ、カヤナ、ロウラと移動していき――やがてリーブへと終着した。 「……私を、本気で『殺せた』とでも?」 氷よりも冷たい声。ナイフを首元にピタリと当てられたような感覚が、身体中に走る。 人間風情が神に逆らう事など不可能。そう感じてしまう程の、絶望感に苛まれた。 「返して貰いましょうか」 「!」 女神の視線が、すぐ傍にある宝剣に向かう。――これを奪われては、自分達にはもう勝ち目がない。 タイガは宝剣を手にした、……までは、良かった。 「邪魔です」 「う……ぐっ、お……!!」 「タイガッ!!」 タイガの手に女神は自分の手を重ね、引き千切らんばかりに思いきり引っ張った。 手ごと持って行かれそうになりながらも、それでも歯を食い縛り、渾身の力で耐え続けるタイガ。 「…………」 それを冷えきった眼差しで見ていた女神は、徐にタイガの手を握っている方とは反対の手を払う。 「うぁ……っ!!」 風が刃となり、タイガを助けようと機会を窺っていたリーブ達を使い魔ごと吹き飛ばす。 揃って壁に叩き付けられ、痛みで動けなくなってしまう。 「く……ど、どうして……」 「『どうして私が生きているのか』ですか? ……至極単純な答えですよ」 女神は力を抜かないまま、目線のみをリーブ達に向ける。 「斬られるよりも先に、剣と一時的に同化してしまえばいい。――元々この剣は、私の力から生み出されたもの。その程度は造作もない事です」 言いながら、その細腕からは想像できない程の力で、女神はタイガの腕を捻り上げる。 ぎしぎしと骨が軋むような痛みを覚えながらも、タイガは女神を睨み付けた。 「なぜ……だ……!」 「……何の事ですか?」 「元々……自分の力、なら……! 完全に同化してしまえば良かったんじゃないのかっ……!!」 「…………ええ、その通りです。ですが……」 女神の力が一層強くなる。 「生憎と、まだ目覚めたばかりで本調子ではないのですよ」 「……くっ……!!」 これで本調子ではないというのか、と誰もが思ったであろう。 「ですから、貴方がたには私の運動相手になって貰っているのです」 「……クソがッ」 舐めてやがる。そう忌々しげに吐き捨てるアッシュの声を聞きながら、リーブもまた女神が自分達で半ば遊んでいるのだと知る。 「…………ですが、この状況にもそろそろ飽きましたね」 「……!!」 リーブはサッと血の気が引くのを感じた。今の状態での女神の言葉は、死の宣告に等しい。 そしてその危惧通り、女神は空いている手を天に掲げ――瞬く間に、そこには氷の剣が握られていた。 「タイガッ……!!」 「い、いや……やめて……っ!」 カヤナが悲鳴にも似た声を上げるも、女神は全く意に介さない。 鋭く尖った氷の剣の切っ先を、タイガの首元に持っていく。 「……最期に聞きましょう。貴方は何故、それまでの仲間達を裏切ってまで、彼等の味方をしたのですか?」 「……」 「貴方の地位は、とても心地よく、生きやすい環境だった筈です。それを捨ててまで、何故?」 タイガの首元から、僅かに血が流れ落ちる。 「…………確かに、俺は西のギルドマスターで……他のギルドマスター達もかつての仲間達で……生きやすかった。口下手な俺に着いてきてくれる部下も居て、日々は楽ではなかったが充実していた……と思う。 だが……ッ」 女神を睨むタイガの眼光が、鋭くなり。その瞳の光は、今まさに殺されようとしている者とは思えない程に強く輝いていた。 その姿に、一瞬だけ女神は目を見張る。 「かつての仲間の一人が言っていた。『今の、選民思想に満ちた響界を変えたい』。そいつはそう言って、俺達のギルドから抜けた。その時は、ある程度の納得と、一抹の寂しさが有るだけだった」 東ギルドの魔術師として、色々な街や人の有り様を見た彼――今は響界の代表となっている――は、ある日突然、そう決意表明を自分達チームメンバーにして。間もなく、響界使者となりギルドから抜けた。 「だが、何年も後になって……ここにいるリーブ達と出逢った時。俺はあいつの言葉の意味を、ようやく実感出来た。 ――そして、自然と思ったんだ。力になりたい、と」 迷いはずっと有った。親友達を裏切る事や、リーブ達ひとりひとりの事情に踏み込むべきなのかを。 結局、それらはずっと中途半端なままで来てしまった。 幼い頃ヴァルトルに話したように、自分はやはりリーダーの素質――個人と向き合う事――に欠けているようだ、とタイガは心中で察する。 ――けれど。 「心で感じた事には、不正解なんてない」 「……つまりそれは、ただの直感で、今まで築き上げてきたもの全てを、捨てたというのですか? もしかしたら、一瞬の気の迷いかもしれないというのに?」 「……ああ」 理性的な判断ばかりを優先して、考えていたタイガにとって、直感で動くなどという行為は奇跡に等しい。 迷ってばかりいたのは、前例がほとんど無く、不安だったからなのだ。 「…………もう、質問は終わりか?」 少し間の抜けた顔をしている女神に、タイガは静かな声色で告げる。 「…………ええ。よく、分かりました。――人間が、不可解なものであるという事が」 「そうか……」 「質問に答えてくれたお礼に、一瞬で逝かせてあげましょう」 タイガは、生きることを諦めたわけじゃない。だが、この絶望的な状況下で、出来る事も思い付かない。 せめて、リーブ達は助けたいが……。 女神の、氷の剣を握る手に力が籠る。 どうやら、時間は待ってはくれないようだ。 「タイガ!!」 「タイガさん……っ!!」 氷の剣が、タイガの脳天目掛けて降り下ろされる。 「――いやだっ、止めて! やめてよ!!」 ロウラの叫びも空しく、氷の剣は――タイガの左肩を切り裂いた。 「ッ……!!」 声も出せずに、タイガは悶絶する。瞬く間に血が噴き出し、女神の整った顔に赤い化粧を施していく。 「ひっ……いやぁああああ!!!」 半狂乱になったカヤナの悲鳴が響き渡る。ベリルは言葉を無くし、彼女らに手で目を隠されたエルとロウラは、がたがたと震えていた。 タイガの左腕は肩という支えを失い、地面に転がり落ちる。そして彼自身もまた、意識を失った。 乗っていた使い魔からずるずると落ちていき、地面に倒れ伏す。 血は溢れ出し、地面を赤く染めていった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |