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element story ―天翔るキセキ―
女神を殺すモノ

「――!」

 リーブは、懐に隠していた数々のエレメントロックを放り投げる。それらが四方八方へ散らばるのと同時に、彼らの周囲が色濃い煙に包まれる。
 ベリルが手掛けた、エレメントロックの力を引き出す為の装置だ。――今回は、その用途とは多少違う方向で運用されたが。

「……」

 女神イリスは視界が制限された中、人間達の意図を理解した。
 そして即座に予想した通り、襲撃者が現れる。

「っらァ!!」

 音もなく、煙を裂くように襲い掛かる白銀の剣を、女神は片手で受け止める。

「……チッ」

 剣を操る人間――アッシュは、その余りの手応えの無さに舌打ちをしながら、体勢を整える為に深追いせず後退する。

「!」

 一瞬の後、彼が先程まで立っていた地点に火柱が上がった。まるで罪人を裁く聖なる炎の如き激しさに、アッシュは反射的に剣を盾にして熱風を防ぐ。

 ――しかし、その行動の結果、視界が狭まる。

「小細工は無駄です」

「……!!」

 その声が耳に届いた時には、熱風は掻き消え、女神すらもアッシュの目の前から居なくなっていた。

「……」

 しかし冷静さを失わずに、アッシュは『初めから決めていた』場所へ視線だけを向ける。
 すると予想していた通り、そこには碧に輝くエレメントロックの光が僅かに見えた。

「……!」

「そう簡単にやられるかよッ!」

 次の瞬間、背後から現れた女神の氷の刃を受け止める。
 女神は彼の反応の早さに些か目を見開くも、すぐさま合点がいったと口許に笑みを浮かべた。

「……なるほど。あの少女の能力ですか」

 魂の人形の記憶にある、濃い夕焼け色の髪を持つ少女。
 かつて他の人間達によって人体実験を受けた彼女の力を以てすれば、なるほど女神の位置を正確に把握する事は可能だろう。

「まず、私が貴方たち全員の位置を把握出来ないよう、エレメントロックを辺りにばらまく。そしてその後、私を見失った際はあの少女の力を借りる。 大方、予め分かりやすい目印を決めておいたのでしょう? ……成る程、よく考えましたね」

「ゴチャゴチャうるせぇんだよ! ――さっさとくたばれッ!!」

 鍔迫り合いになりつつも、アッシュは籠めていた力を敢えて和らげ、氷の刃を流すようにかわして膠着状態を回避する。
 そこから踏み込んで一閃。今度は手応えがあった。

「アッシュ、下がれっ!!」

 そのリーブの声を合図に、アッシュは後ろへ飛び退く。

「――ハティ-アルディーラ!!」

 リーブの紡ぎ歌が響いた途端、彼の周囲から冷気が煙を凪ぎながら走り出す。
 目も止まらぬほどに凄まじい速さで女神の元に辿り着き、彼女の足元に空色の陣を描いた。

「……っ!」

 女神は、陣が放つ光に絡め捕られ――。

 ……洞窟の天井を貫かんばかりの、巨大な氷塊に――閉じ込められた。

「――今だ!」

「ああ……!」

 リーブ達とは違う地点――万が一リーブ達が襲われた際も、狙われないよう――に控えていたタイガは、武器を携え踏み出す。

 勿論、それは『神の与えし叡智の欠片』……今となっては皮肉のような名前を持つ宝剣。
 魔杖や聖杯をヴァルトル達が持っている以上、これが唯一、女神を傷つけられる武器なのだ。

「――……はぁッ!!」

 迷いなく、タイガは氷塊ごと女神に宝剣を降り下ろした。

「……っ!」

 宝剣の刃が女神イリスに触れた、その瞬間。

 ――眩い虹色の光が、辺りを包み込み。その場にいる誰もが、顔を覆った……。



「……」

 訪れた静寂。

「…………」

 光が止み、目的は果たしたというのに。……しばらく、何が起こったのか分からず茫然としていた。

「……リーブ、様」

「――ああ。……終わった、みたいだね」

 不安げなカヤナの声で、リーブはようやく我に還った。


 ――終わった。何もかもが。
 女神は跡形もなく消滅した。彼女がいた場所には何もない。

 女神イリスの力を借りて、世界を変えるという目的も。
 それが叶わないばかりか、世界を壊そうとする彼女を消滅させるという、復活させた責任を果す役目も。

 長い時間を掛けて来たものが、いま、全て喪われたのだ。

「……いや、まだ終わっていないね」

 掲げた理想は、まだ果たされていない。
 響界――魔術師だけが世界を牛耳り、他の人間にあらゆる権利を許さないこの世界を。選民思想にまみれた世界を、変える。それがリーブの――今はここにいる全員の理想なのだから。

「運が良かったな。あと一度でも終わりなんて言いやがったら、その顔をブン殴ってやる所だったぜ」

「アッシュ! 貴方はこんな時になっても口が減らな」

「まあまあ、こんな時くらい喧嘩せずに落ち着きなってー」

 オブシディアンの何とも緊張感に欠けた声に、カヤナは渋々口を噤む。
 いつも通りの会話が出来るのは、誰も犠牲にならず、かつリラックス出来ているからだということは彼女も理解していた。

「エル、周囲の結界はもう消えたかい?」

「……はい。大丈夫……だと、思います。結界を張った場所に見られるような、強いエレメントの集合は視られません」

「そうか、ありがとう。……よく頑張ったね」

 リーブが笑いかけると、カヤナ達も口々にエルへ労いと礼の言葉を掛ける。

「あ、ありがとうございます……」

 特に、ベリルに頭を撫でられたのが嬉しかったらしい。恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、僅かに笑みを浮かべた。

「……ロウラ」

「…………」

 ロウラは姉の呼び掛けに反応を示さない。その瞳が見つめているのはただ一点、――『彼女』がいた場所だった。

 カヤナは口を開きかけるも、言葉は出てこない。
 個人的な感情はあれど、ロウラにとってあれが大切な存在だったというのは頭では理解出来ている。
 そんな弟に、あれを憎んでいた自分が何を言えるのか。

「……行こうか」

 カヤナの肩に優しく手を置いて、リーブが静かに告げる。
 彼の手を見るカヤナの表情は、感謝や不安、あらゆる感情が混じり合ったものだった。

「……大丈夫さ。今まで犯した罪は、僕が全て責任を取る。その上で、叶えてみせるよ」

「リーブ様……」

「……ふん」

 力強く放たれたその声には、迷いなど一片も感じられない。
 リーブの新たな決意表明に、カヤナを始め誰しも思うところが有るのか。それぞれが複雑な表情になる。

「リーブ、お前だけに全て背負わせる訳にはいかない。……俺も、償うべき罪が幾つも有る」

 タイガは、裏切ってしまった全ての人々のことを思っているのだろう。その瞳には、郷愁に似た寂しさも浮かんでいた。

「勿論、お前達と共にいた時間を後悔はしていない。迷いは有ったが、後悔は一度もしていないんだ。

 ――だが、罪は罪だ」

「……そう、だね。ありがとう」

 強く、強く頷いて、リーブは次にオブシディアンに顔を向ける。

「シディ、もう移動は出来るね?」

「ああ、結界が消えたからね。大丈夫だと思うよ」

 にこりと笑いながら、オブシディアンはいつものように軽薄な口調で答える。

 ――先程の戦い。本当は、戦闘にどうあっても参加できないロウラを逃がす予定だった。
 しかし叶わなかったのは、復活した女神が新たに創り出した結界のせいだ。
 ――が、今なら当然、問題なく全員この洞窟から脱出できるだろう。

「それじゃあ、そろそろ行こうか」

 リーブやオブシディアンが風の使い魔を喚び、皆がそれに乗り込む。

「……これは……?」

 カヤナに手を引かれ歩き出したロウラは、足元で何かが光っているのを目にした。

「ロウラ、何してるの?」

「う、ううん。何でもないよ」

 思わず屈んでいたロウラは、控えめに首を振る。
 カヤナは不審に思ったものの、ロウラは何も持っていないし、気のせいかと納得した。


「……さようなら」

 全員が使い魔に乗り込み、出発の合図を待つのみとなった時。リーブ達は、女神を『殺した』場所を振り返る。

 さようなら。様々な想いを、リーブが放つその言葉に乗せて。

 リーブ達は、洞窟から背を向けた。



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あきゅろす。
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