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element story ―天翔るキセキ―
相対する女神

 ――人ならざる者。二対の人形を糧に甦った、女神イリス。
 足まで届きそうなほどの長い金髪や、静かに流れる海のような碧眼。顔立ちは魂の人形によく似ており、体型は器の人形に近い。

「……」

 リーブは肌で感じていた。女神イリスが醸し出している空気は、人形たちとも、ましてや人間とはまるで違うと。
 ある程度は距離を置いているはずなのに、ビリビリと痺れるような感覚があった。

 これは、人間としての本能かもしれない。自分達の創造主というべき存在への畏怖が、身体の芯に刻み込まれている。
 この感覚の正体は、そう表現する以外に言葉が見つからなかった。

「……貴女が、女神イリス」

「ええ。……よく、我が魂の人形に協力してくれましたね」

 女神イリスは僅かに口元に笑みを刻む。……まさしく人形のような、整い過ぎて不気味さすら覚えるものだ。

 恐らく、他の人間も同じ感想を抱いたのだろう。横目で周囲を見やれば、不安げな顔をしている者や、不信感を隠せない表情の者達がいた。

「気持ち悪ィ」

 忌々しげに吐き捨てたのはアッシュだ。
 女神に対しても態度の変わらない彼にリーブは肝を冷やしたが、そんな普段通りの姿に、僅かながら緊張が解けていくのを感じる。

「……女神イリス。貴女は降臨の際に人形達の記憶を受け継いでいる筈。……ならば」

「ええ、分かっていますよ。我が人形の片割れが貴方と交わした『契約』。――それの成就を望んでいるのでしょう?」

「はい」

 多少は和らいでいた緊張が、再び首をもたげる。まるでじわじわと、こちらににじりよって来るような……嫌な感覚だ。
 知らずリーブは息を呑む。

 魂の人形と交わした『契約』、それは。
 ――女神の復活を手伝う代わりに、リーブの願いを叶える、というものだった。

 アッシュも、カヤナも、皆その願いの為に、リーブに力を貸していたのだ。

 女神イリスはリーブを鋭い眼差しで見据える。心を感じさせない冷ややかな瞳。

「貴方の願い……それは、『世界の仕組みを変える』という事でしたね」

「はい」

「……確認します。我が人形に対して言った事を、ここでもう一度、私に表明して見せて下さい」

 その面持ちは、まさしく審判を下さんとする神のもの。
 激しく鳴り響く心臓の鼓動を無視して、リーブは唾を飲み込む。

 全てが、今この瞬間に懸かっているのだ。


「……この世界は、エレメント――それが生み出す魔術によって成り立っています。魔術師響界の存在によって人々は統治され、一応の平和を得ています」

 語りながらも、様々な出来事が頭の中に去来する。
 幼い頃。彼や彼女と遊んだ日々。彼女が死に彼が目の前から消えた、あの日。

 魔術師の在り方を内側から変える。そう決意したのは、彼女が『魔術師という存在に殺された』のが切っ掛けだった。

「ですが、その反面……魔術の才能の有無というだけで、力ある者は無い者を蔑み、見下し、時に残酷に切り捨てる。……私には、それが許せないのです」

 魔術の才を持っていないから、カヤナとロウラは村の人々とともに見下された。
 響界にとって都合が悪い存在だったから、オブシディアンの故郷は滅ぼされた。
 自分達にはない異能を持っていたから、利用価値を求めてエルは実験体として扱われた。

 ――同じ人間だというのに。それなのに、当たり前の生活をすることも出来ない。
 魔術師である者とそうでない者とで、あらゆる面で格差が生まれて。何もかも、響界の都合で決まる世界。

「こんな世界を、変えたいのです。――ただし、」

 世界の根本を創り直す。それがリーブの願いだった。
 改善するどころか、日に日に膨れ上がる魔術師たちの選民思想。願いだけが宙に浮いて、叶う日は一向に来ない。

 ……ならば。世界の理を、根本から変えるしかない。
 魔術というものを無くし、エレメントは世界の維持の為だけに使う。そうすれば、世界を壊すのを望まない女神にとっても、納得できる話なのではないか。そう考えていたのだ。

 ――ただし。その契約を果たす上で、絶対に譲れない要素があった。

「貴女は眠りにつく四百年前。もしも再び、人間によってエレメントが脅かされていたら。……その時は、人間を切り捨てると言いましたね。世界の現状を見れば、エレメントが脅かされているかどうかは一目瞭然。

 ――ですが、人間を滅ぼすのはどうか止めて頂きたい」

 そう口にした瞬間。場の空気が一層冷えたような気がした。

「……今この世界にいる人間をそのまま生かし、その上で世界だけを創り直す、と?」

 ぴくり、と女神の眉が潜められ。リーブは冷や汗がこめかみから流れるのを感じた。
 しかし、ここで退くわけにはいかない。自分の都合で女神を復活させたのだ。世界中の人々の運命は、今この場で決まるのだから。

「はい」

 淀みなく、力強く、リーブは頷いた。
 前方は女神から、後方からはアッシュ達の視線を一身に浴びて、緊張こそすれ決意は揺らがない。

「…………」

 女神が口を閉ざし、嫌な沈黙が訪れた。
 リーブ達はただ固唾を飲んで、女神がこちらの願いを受け入れることを待つしかない。


 ――そして。永遠にも思えた時間が流れた時。
 ついに女神イリスが、その口を開いた。


「なりません」

「――っ……何故!!」

 契約を交わす際、魂の人形は言っていた。『望みは叶える』と。

「女神よ。貴女は自らの眷属が交わした契約を、反古にすると? ――その上で、自分の望みは実行するというのですか」

 努めて冷静に、次すべき行動を見定めながら説得する。けれど、声にどうしようもない焦りの色が出た。

「ええ。それが何か問題でもあるのですか?」

 しかし、女神は聞く耳を持たない。それどころか、当然だとばかりに侮蔑の目を向けてきて。

「人間如きが、神である私と同じ立場で話せるとでも? ――四百年の間に、人間はそんな事も忘れてしまったのですね」

 思わず口を噤んでしまったリーブに、タイガが加勢する。

「ですが、契約は間違いなく交わされていた筈。……貴女の人形は、彼の願いを叶えると誓いを立てた。その時点で、少なくとも契約自体は同じ立場で交わされたものではないのでしょうか」

 しかし、状況は一向に好転の兆しを見せない。

「元々、人間の願いなど叶える気はさらさら無かった……と言えば、納得しますか?

 人形達は、私をこの地に降臨させる為に生まれた存在。使命を果たす為に、貴方がた人間を利用しただけの事」

「そんな……そんなことないっ!!」

 声を上げた人間に、その場にいる誰もが目を見張った。

「ロウラ……! 止めなさいっ!」

「エリアは、ぼく達と同じだよ! 神さまが、エリアの気持ちを認めようとしてないだけだっ!」

 今にも女神の前に飛び出してしまいそうなロウラを、カヤナやベリルは必死に押さえつける。
 ロウラはもがきながらも、その目は真っ直ぐ女神を捉えていた。

「エリアは、ぼくのことに興味を持ってくれた。自分は人形だって言ってたけど、それは神さまがそうだって決めつけてたから! みんなが、そう決めつけてたからだッ!」

「ロウラ……」

 あの、器の人形がそうだったように。彼女だって、人と同じだ。そうなれなかったのは、周囲の決め付けと本人の自覚の無さだとロウラは訴えた。
 この時ばかりは、神という存在に対しての恐怖など、微塵もない。

「…………確かに。我が人形達は、些か人間の感情に乱されていたようですね」

 不愉快だと言いたげに、女神は端正な顔を歪める。

「ですが、もうそんな話の価値はありません。『私をこの地に降臨させる』――人形の役目は、終わったのですから」

「!」

「人形は役目を終え、消滅しました。もう、どこにもいない」

「……」

 ――彼女は、跡形もなく消滅した。事実を今一度突き付けられ、ロウラは思わず俯く。

(……くそ)

 リーブは歯を食い縛る。意思を変えるつもりがないのは、よく分かった。

(ならば……)

 ――次にすべきことなど、もう決まっている。


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あきゅろす。
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