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element story ―天翔るキセキ―
ちいさな


「――え……?」


――……ロックは一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
男の手によって、首の僅かな痛みと血が流れる感覚はあったが。その次の瞬間に男の身体は突然宙を舞い、先ほどまで男が立っていた地点には激しい火柱が上がったのだ。よく見れば、そこには火属性を意味する赤の陣が浮かび上がっている。


「チッ」

魔術の発動を察知した男はとっさの判断か、それを避けるようにロック達の頭上を跳び越える。

「……!」

だが、そんな男を追撃するものがあった。それは長い両手剣を扱う、男とさほど年の変わらないだろう若者。

「ランジェルさん……!」

男を見上げたロックがそう叫んだ時、同時に響くは剣がその身を削り合う音だった。間もなく地に足を着いた男とランジェルは、向かい合うように立ち。間違いない敵の存在を今一度認識するように、お互いを睨みつけていた。

「……以前は、私の同僚がお世話になりました」

「ハッ、知らねえな」

それぞれを挑発し合っているのか、二人の剣士は口元に笑みすら浮かべていた。だが、纏っている空気は重い。張りつめた糸のようだ。


――……そして。唐突に剣戟は再開される。果たして駆け出したのはどちらが先だったのか、ロック達には把握できなかった。

「……ロック……」

「エリィ……! 今は無理しないで!」

「だい、じょうぶ……もう、傷は塞がってるから……」

「え……?」

よく見れば、エリィの身体は淡い白の光を宿していた。彼女の傷口を中心にして。


「わたしは……女神イリスの器。だから、これは女神の力……人間に与えられた傷は、女神には致命傷にならないの」

「でも……! こんなにボロボロになって、息も絶え絶えじゃないか!」

「それは……」

思わず、エリィを抱くロックの力が強くなる。彼の訴えに、エリィは少しの間だけ、視線を逸らすと。


「……わたしは、魂の人形と一体になって、そうして女神イリスの依り代になるの。完全な存在じゃないし、フェアトラークの力もないから、治癒能力も中途半端……」

「エリィ……?」

ロックはその時、エリィの言葉に違和感を覚えた。まるでその口調が、声色が、なにかの決意を秘めたようなものだったから。

「……」

エリィは、ロックの表情からそれを察したのだろうか。悲しそうに、目を細めて。ゆっくりと、ロックの首に手を回した。

「……エリィ……?」

「……ロック。聞い、て」

訝るロックに抱きつき、身を預けるような状態で、エリィは声を発する。口をロックの耳元に寄せ、それは例え近くの剣戟や、時折聞こえる火の燃え盛る音がなくとも、彼以外に聞こえないほどの小さなものだった。




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あきゅろす。
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