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element story ―天翔るキセキ―
ありがとう

「……あの。ヴァルトルさん、それ……オレには文字のように見えるんですけど。どう思いますか?」

拾った時はセイルにも話を聞こうと思ったが、あの後に起こった事を考えるとまずヴァルトルに相談した方がいいと思い直した。
その為先程はこの石に関する事は何ひとつ報告しなかったのだ。

前触れ無く洞窟が鳴動し始めたのは、この石を拾った直後の事。
この石を守る為の罠だったと思っていたが……。
エリィの存在を考えると、他の要因である可能性も浮かび上がってくる。
とにかく今の所は一つに結論付ける事はできないが、何かしらが要因となってあの洞窟は『消滅』した。
それは確実であると思える。

「……」
窓から差し込む光に透かせば、その文字のような紋様は青色に煌めいた。

「こんな文字は見た事ねぇな」

「そうですか……」

「ま、これは俺が独自に調べてみる。お前は引き続きリピートに口止めしとけ」

「やっぱり、ロック達には?」

「ああ、誰にも一切口外するな。……ロックはそもそも、別の事で手一杯だろ」

「……確かに。そうですね」

この話はギルドの仲間にも、他のギルドの人間にも口外すべきではないようだ。
恐らく各ギルドマスターの中では流れる情報だろうが、シングにはそれを知る術など無かった。



「もうこんな時間か…」
エリィの眠るベッドの傍らに置いた椅子に座りつつ、ロックはふと壁掛け時計を見上げた。
時計の針はちょうど十九時を指していた。

「……」
エリィの方に視線を戻す。彼女と出逢ったのはたった数時間前の話だった。
だというのに、彼女の存在は驚く程に違和感無く自分の世界に溶け込んでいた。

「……ロック。居るよな? 今……大丈夫か」
その時聞こえたのは、静かなノックの音とシングの声。

「うん、大丈夫。鍵は開いてるよ」
キィ、僅かに木製のドアが軋む音を立てる。

「お前なー。飯くらい食べに来いよ」

入って来たシングは、食堂のお盆を手にしていた。
その上に乗っているのは……ロックの大好物であるハンバーグ定食だった。
焼かれた肉の匂いや、半分に切られた肉から溢れ出す肉汁が何とも堪らない。見ているだけで涎が出てくる。
それまで忘れていた空腹を思い出し、お腹がぐぅと鳴った。

「ありがとうシング……ごめん。わざわざ持ってきて貰っちゃって」
「別に。ほら、食えよ」

シングに促され、ロックは一旦ベッドから離れ部屋の隅のテーブルに着いた。

「それじゃあ、いただきます」
律儀に手を合わせてからナイフとフォークを持ち、食べ始める。
半分に切られた肉をさらに細かくナイフで一口分にし、ゆっくりと口に運んだ。

(やっぱり、食べた時に口全体に広がる肉汁が堪らないよね)
無意識に綻ぶロックを、シングは微笑ましそうに見つめて。

「ロックは本当にそれが好きだな」
「うん!本当にありがとう、シング」
「いいっていいって、こんくらい。……そうそう、エリィの分の食事が必要だったか分からなかったから、少しだけパンも貰って来たぞ」
そう言われてみれば、お盆の上には普段この定食には付かない筈のクロワッサンが乗っていた。

「ほ、本当に何から何までありがとう。……ごめん、世話掛けさせて」
ロックは食事の手を止め立ち上がり、シングに詫びた。

「エリィの面倒は僕が見なきゃいけなかったのに……」
「まぁ気にすんなって。チームメンバーの手助けもリーダーであるオレの役目だしな」
手をひらひらと振り、本当に気にしなくていいとシングは笑う。

「……うん。ありがとう……シングには何度お礼を言っても足りないね」

初めて会った時から、今まで。
彼に対する感謝の気持ちが尽きる事は無かったと、ロックは思う。

心から尊敬し、感謝している仲間であり親友に。

ロックはもう何度目になるか分からない『ありがとう』を告げたのだった。


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