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element story ―天翔るキセキ―
慎重に


――…民家の陰に身を潜め、タイガは小さく息を吸った。そうして、じわじわと身体の内でくすぶっている緊張感を消し去ろうとしたのだ。

背中を壁に預けた状態で息を吸うこと数回。
やがてタイガは、細心の注意を払いながらゆっくりと足を動かす。音を立てないように、踏みしめていた石畳から数ミリずつ。

タイガは、端から見れば慎重過ぎるほど慎重に行動していた。結局、彼が予定していた通りの行動が完了するまで、かなりの時間が経過していた(彼としては、それでも出来る限り素早い行動を心掛けていたのだが)。

背中は壁に預けたまま、タイガはやはり慎重に顔を後ろに向けた。今まで何故こんなにも警戒に警戒を重ねて行動していたのか、それが――……これだ。


(風属性、無型の魔物。報告通り――数は三体)

魔物達の低い唸り声が、耳に嫌な余韻を残す。
タイガと魔物三体の距離は近い。今彼が身を預けている民家から出れば、たちまち見つかってしまうだろう位置。

――魔物が獣型ではなかったから良かった。そうタイガは実感する。
無機質で生物らしい形を持っていない無型の魔物と違って、獣型は嗅覚が発達しているのか人間の位置をすぐさま辿って来るのだ。

タイガが今、こうして複数の魔物と目と鼻の先で身を潜めていられるのも、討伐予定の魔物の型を事前に把握していたお陰であった。

「…………」

魔物の数を確認すると、タイガは顔を引っ込めて息を吐く。平静であるように努めながら、自分の周囲に素早く目を向けた。


ここは民家があちこちに点在している住宅街だ。その為、タイガがいる位置は道が入り組んだようになっており、魔物から身を隠すには最適の場所だった。

対して、魔物が現在留まっている位置は住宅街の入口であり、かなり開けた場所だ。見晴らしが良く、狙い易い位置。だが、それは同時に『万が一、命の危険に晒された際、身を隠す場所もない』という事に繋がる。


――…タイガは、次の行動を確実に成功させなければならなかった。今までよりも慎重に、かつ素早く。時間をかけ過ぎると、魔物がこの場から移動してしまうかもしれない。
もしも、魔物がそれぞれ別の方向に散ってしまったら。それこそ、自分達全員の危険が高まるのだ。

(だから…っ)

顔に汗が滲む。それを拭う余裕はない。緊張感が今、最大限に達していた。


――…だが。タイガは、精一杯に自分を奮い立たせる。自分の行動が何をもたらし、誰の行動を促す事になるのか。それをしっかりと理解していたから。


だから、タイガは足を踏み出した。今度は盛大に音を立てて、魔物達に自分の存在を主張するように、今までいた陰から飛び出した。


「――行くんだ!!」


そして、腹の底から叫ぶ。それが合図であり、また自分達を奮い立たせる為の宣誓のようであった。




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あきゅろす。
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