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element story ―天翔るキセキ―
苦手な相手

『誰かがいなくなってしまったら、必ずそれを悲しむ人がいるの。大切な人に、もう二度と会えなくなったら…もう二度と話す事も、大好きな笑顔を見る事も出来なくなったら……。

残された方は、たまらなく…辛いの』


――…その声が耳に入った時、アッシュは思わず足を止めていた。根を張ったように、その場から動けないでいたのだ。


「……」
「アッシュ、盗み聞きは良くないぞー?」
「…うるせぇ。テメェが言うか」

どうせお前も聞いていたくせに、とアッシュは心中で舌を打つ。鋭い目で睨みつけるが、オブシディアンはいつも通りへらへら笑ったまま、笑みを崩さない。その顔はいつ見ても腹立たしいとアッシュは思う。


扉の向こうからは、もう声は聞こえない。一体どういった流れであんな話になったのかは知らないが、知る必要もないだろう。アッシュの足はようやく動いてくれた。

「アッシュが人の話を聞いてるなんて珍しいよな。なに、カヤナの言葉に柄にもなく感動しちゃったり?」

非常に鬱陶しい事に、オブシディアンは未だ話しかけてくる。カヤナ達のいる部屋からだいぶ離れた頃だった。

「死んだら、必ず悲しむ人がいる…ねえ。アッシュはどう思う?」
「…うるせぇ」

アッシュの眼光が鋭くなる。苛立ちをありったけ込めて睨みをきかせたが、やはりオブシディアンは特に気にした様子はない。

…アッシュにとって、オブシディアンは一番相手にしたくない男だった。一番腹が立つのはリーブやタイガのように哀れみや同情の目を向けられる事だけれども、この男は言ってしまえば――こう表現するのも本来は気に入らないのだが――苦手、なのだ。

「…探るような言い方してんじゃねぇよ。大して興味も無ぇ癖に」
「ふーん。お前にはオレがそう見えるんだな」

まあいいや、とオブシディアンは踵を返す。アッシュが言った通り、実際大した興味はなかったのだろう。

そのまま、オブシディアンは立ち去っていく。どうやらまだ自分の部屋に戻るつもりはないらしい。



自室に入るなり、アッシュは深い溜め息を吐いた。あの男の相手は心底面倒だ。ただでさえフェアトラークの収集時はあの男と行動する事が多いのだから、家にいる時まで共にいるなんて断固拒否したい。


『誰かがいなくなってしまったら、必ずそれを悲しむ人がいるの。大切な人に、もう二度と会えなくなったら…もう二度と話す事も、大好きな笑顔を見る事も出来なくなったら……。

残された方は、たまらなく…辛いの』

『死んだら、必ず悲しむ人がいる…ねえ。アッシュはどう思う?』


自然とカヤナとオブシディアンの言葉を思い出していた。纏わりつくようなそれらがとても不快で、アッシュはベッドに身体を投げ出した。



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あきゅろす。
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