element story ―天翔るキセキ―
虹色の少女―2
「……ん……」
地面に横たえた少女は暫く眠っていたが、やがてゆっくりと目を開けた。
ロックは様々なことを聞きたい衝動を抑え、少女を見守る。
「……」
ぼんやりと、少女はロックには視線を向けず虚空を見つめた。
そして、おもむろに言葉を紡ぐ。――……否、それは詩<うた>だった。
――何も無い世界 泡沫の世界 世界が創るは 火 水 風 土 光 天 氷 冥
意思を持った世界 色の付いた世界 世界が創るは 虚ろな器 魂を持つ からっぽの人形――。
少女は高らかに歌い上げると、やがて瞳に光を灯す。
その様子は、まるで魂の無い人形に霊が取り憑いたような……。
「…………あなたは、だれ?」
光を宿した少女が、初めてロックに口を利いた。
「……ぼ、僕はロック。東ギルドのメンバーで、エレメントクリスタルの群生地を探しに……って分からないかな……」
エレメントクリスタルの中で眠っていた不思議な少女。
自分の身分や事情を話してもこの少女には通じないだろう、と思われたが。
意外にも少女はロックの言葉に反応を示した。
「エレメントクリスタルの?……どうして?」
上体を起こし聞いてくる少女にロックは少々面食らう。
「え、いやその……採取するんだよ」
「それでどうするの?」
「大半は魔術師響界に、一部は僕達ギルドに。残ったのは街で売るんだよ」
エレメントクリスタルは地面に生えている時は常にエネルギーを放出しているが、一旦採取してしまえばエネルギーは中に留まる。
それらはエレメントオーブなど、主に響界の手によって様々な魔道具に加工されるのだ。
――魔術師響界とは、魔術師と名乗る者ならば必ず加入しなければならない組織である。
ギルドに入るにも世界の治安維持を担当する『断罪者<ジャッジメント>』になるにも、試験をクリアして響界公認の魔術師にならなければならない。
響界はギルドから受け取ったエレメントクリスタルを保存しているらしいが、ロックなどのような一介のギルドメンバーには全く分からない事だ。
「……そうなんだ」
「……ねえ、君はどうして――」
「わたし、人形なの」
「……え?」
少女の不可解な言葉に、ロックは首を傾げる。
真剣な表情で言う少女が嘘を吐いているようにも見えず、視線で先を促した。
「……わたし、『自分』がないの。からっぽの……うつわ」
どうして此処に居たのかも、何も分からないと言う少女。
「……記憶喪失、ってこと?」
「ちがう」
そう断言し、新たに言葉を紡ぐ。
「きおくが『なくなった』んじゃない、もともと『ない』の。わたしには」
だから自分という物を何も持っていない。自分の存在を示す物がないと、そう言っているのだ、この少女は。
無表情のまま淡々と言う少女に、しかしロックはどこか寂寥感を覚える。
――なんて哀しい事を言うんだろう、とロックは心中で呟く。そして、少女の境遇と過去の自分を無意識に重ねていた。
――目を覚ましても、自分のことを知っている人などいない。
自分の個性など存在しない、何も持っていない。それがどれだけ辛い孤独か、捨て子であったロックにとって想像に難くない。
「……でも、これからは違う」
勝手に口が動いていた。
「君は目覚めたんだ。全てはこれから始まるんだよ」
――自分が何をしたいのか考えて、自由に行動していいんだ。
ロックの言葉を聞くと、少女は深く俯いてしまう。
「……わたし、なにがしたい?なにをすればいい……? なにもわからないの……」
「分からなくていいよ」
――生まれた時から自分の意思を確立させている人間なんていないのだから。
ロックは少女の肩に手を置き顔を上げさせ、言い聞かせるように言った。
「全てはこれから、ここから始まる。自分のしたいことなんて、すぐには見つからないのが当たり前なんだよ」
――だから……――
「自分の好きなもの、自分のやりたいこと。少しずつ見つけていけばいいよ」
「……それでだいじょうぶなの?」
「うん。きっと大丈夫。僕も大丈夫だったから」
ロックは少女に微笑む。
「……わたし、ほんとうになにもないの。あなたみたいな『なまえ』も、なにも」
「……だったら今、付ければいい」
赤子の頃、養父がそうしてくれたように。ロックは、この少女に『名前』という『存在』をあげたかった。
「そうだな……」
エレメントクリスタルの中に居た、不思議な少女。
――……そうだ。
直感は、すぐさま訪れた。ロックはそれを、ゆっくりと紡ぐ。
「……エリィ」
「?」
「君の名前……エリィっていうのはどうかな?」
ロックが此処にやってくるまで、彼女はずっとエレメントクリスタルの中で眠っていた。
それがいかなる理由かは不明だが、エレメントクリスタルは彼女と密接な関係があるに違いなかった。
だからロックは彼女にエレメントと似た名前を付けたのだ。
「……エリィ……エリィ…わたし?」
「嫌かな?」
「ううん……いやだとかはおもわないの……ただ、ふしぎなきもち……」
自らの胸に手を当て、少女…エリィは反芻する。
「……気に入ってくれたかな?」
「……うん」
僅かに口角をあげたエリィの表情は、きっと『笑顔』と呼んでいい筈だとロックは思う。
エリィはロックの手を取り、言った。
「ありがとう……ロック」
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