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element story ―天翔るキセキ―
『まさか』、

歩いている。
誰もが無言で、ただひたすらに。

ロックは自分の足が次第に重くなっていくのを感じていた。
…いや、足だけではない。身体中が、そして心が、鎖で雁字搦めにされたようにどんどん自由を無くしていく。

養父に会う事をあれだけ望んでいたというのに、いざ会える時間が刻一刻と迫って来た途端にこれだ。
しかしロックは、養父が重傷で未だ意識を取り戻していないという事実を既に知っている。
それをこれから、実際に目にするのだ。
ロックの心は鉛のように重くなっていった。

…けれど同時に、やはり例え話が出来なくとも養父に会いたいという気持ちも強くて。
結局の所、ロックは何とか足を止めずにいられたのだった。

「…そちらも大変だったようですね。断罪者の偽物が現れ、ヴァルトル殿が所持していた書物が一冊盗まれたとか」
「…え? あ、は、はい…」
思考に耽っていたロックは話し掛けられた事に最初気付かず、間の抜けた返事をしてしまう。
前を歩いているランジェルの顔は当然見えず、何を考えているのかは窺い知れなかった。

他のギルドマスターとは違い、ロックはランジェルとは関係が薄い。
それもその筈、彼は元々西ギルドマスター補佐であったからだ。

――…かつての西ギルドマスターは、養父の友であり、仲間だ。
そしてロックにとっては、エレメントクリスタルの群生地で捨てられていた自分を拾ってくれた恩人のひとりである。

ロックに対しても、ヴァルトルとはまた違った方向で優しくしてくれていた。
…そんな人物が、まさか行方不明になるだなんて、夢にも思わなかった。

二年前に起きた、響界の事件。
その際に姿を消した断罪者等を捜索する任に就いて…間もなくその人物は姿を消した。
『神の与えし叡智の欠片』のひとつ…西ギルドのシンボルでもある宝剣を、手にしたまま。

「まさかそんな緊急事態の起きた翌日に、貴方がたがやってくるとは思いもしませんでしたよ。
響界の被害も甚大ですし、正直言って余裕もありませんから」
「っ…」
淡々とした声色。まだ嫌悪感を露わにしてくれた方が良かったと思えるくらい、無関心といった空気を醸し出していた。
暗に『迷惑』だと言っているのが、よく伝わってくる。
何も言えないでいるロックに対し、ランジェルはやはり淡々と続けた。

「貴方がたは、その少女の力でここまでやって来たのでしょう」
「…はい」
普通に東ギルドから響界まで歩いて行こうと思えば、早くとも二週間はかかってしまう。
それをこんな早さでやってきたのだ。何かしらの魔術によるものと考えるのが自然だった。

ロックがそんな魔術を使えないのは知っている。対してエリィは、ヴァルトルから強大な力について話を聞いていたから納得だ。

「…まさか貴方と同じ石<もの>を持った、けれど貴方とは違う能力<ちから>を持った人間が現れるとは。
夢にも思いませんでしたよ」

もう一度、わざわざ『まさか』を付けて。
ランジェルは一度もロック達を振り返らずに、尚も言霊を吐いた。



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