element story ―天翔るキセキ― かつての約束 ――…ロックがエリィとともに響界へ向かった頃。 リーブはひとり、連結魔道具を手に黙考していた。 普段ギルドの人間とのやり取りで使っているものではない、もうひとつ。 それは仲間の一人であるベリルが造ったものだ。 「……」 誰に用があるか、などリーブの中では既に答えは出ている。が、なかなか踏ん切りがつかずに今に至っていた。 「…いや、大丈夫、だろう。うん、多分…きっと…恐らくは」 何事かぶつぶつと呟く。その声色は非常に情けない感じだ。 その後もうんうん悩み続けたリーブは、ようやく覚悟を決めたらしい。 魔道具を開き、万が一にも外の誰かに聞かれないように、小声で相手の名前を呼んだ。 『……ンだよ』 呼ばれた人間――アッシュは、あからさまに不快感を露わにした声で応える。 自室にいるのだろう、周囲には他の人間の声は聞こえなかった。 「…何で呼ばれたのか、解ってるだろ?」 『ハッ、知らねーな。ギルドマスター補佐の椅子でふんぞり返ってるリーブ様の高尚な考えなんざ、俺なんて底辺にはとてもじゃねぇがわかんねぇよ』 吐き捨てて来るアッシュに、リーブは心中で溜め息を吐く。予想していた反応ではあったが。 「お前はいつもそうだな。自分の考えを隠そうとする時、やけに饒舌になるんだ」 『…知ったような口を聞きやがって』 だからお前は嫌いなんだと、言葉にせずとも語調ですぐに解る。 けれどリーブは苛立つアッシュに負けない程の強い語調で、静かに言い放った。 「今の僕は、ギルドマスター『代理』だよ」 …誰かさんのお陰で。 そう言わずとも、勿論アッシュは理解していた。 アッシュは舌打ちとともに『そうかよ』と忌々しげに言う。 『良かったじゃねぇか、俺のお陰で僅かな間だけでも昇進出来て。全く、魔術師の鑑だぜ、テメェはよ』 「…やめてくれ。そんな言葉、聞きたくない」 『……』 黙り込んだアッシュに向かって、リーブは言葉を重ねる。 「…殺さなければいい、という訳ではないんだ。…いや。響界からの報告じゃあ、お前は明らかに殺すつもりでヴァルトル様を刺しただろう」 『…』 「頼むから、殺さないでくれ。出来れば、あまり傷つけないでくれ。ヴァルトル様に限らず、人を」 諭すように言葉を連ねるリーブに、アッシュは何を思っているのか。 ただ地を這うような声で、一言呟く。 『…黙れ』 「頼むよ、アッシュ。…お前に人殺しになって欲しくないんだ」 『…黙れよ』 「彼女だって、そう思ってる筈だ。お前自身それは解ってるだろう? ――…お前と彼女は」 『黙れっつってんだろうがッ!!』 アッシュの激高は、彼が普段からよく発している怒りの感情とは比較にもならない程、大きかった。 それでいて何処か悲痛な叫びにも感じられるのは、リーブにとって彼が昔馴染であり、友人だからだろう。 「――…悪かった」 重苦しい沈黙を破ったのはリーブだった。 アッシュは何も反応を寄越さない。 「だけど、僕の気持ちは変わらない。…お前には人殺しにはならないで欲しいと、心からそう思っている」 力強く放たれたリーブの一声は、果たしてアッシュの心にどう浸透したのか。 『…そうかよ』 勝手にしろ、と。 アッシュはただ、それだけ返して。 無遠慮かつ拒絶するように、連結を切った。 「アッシュ…」 光を無くした魔道具を手に、リーブは遠い日を思い返す。 彼と、彼女と、三人でいられたあの頃。 もう、戻れない輝き。 『…リーブ。もし、もしもね…。 わたしがいなくなったら…その時は――』 最後に聞いた彼女の言葉を、心の内に繰り返し。 リーブは、交わした約束を今一度、守り抜くと誓った――…。 [*前へ][次へ#] [戻る] |