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陽光の差す方へ
寂しい考え

「ん……」

 チュンチュン、と鳥の鳴く声。窓から差し込む太陽の光。
 まどろみの中、私はゆっくりと目を開けた。

「朝……」

 ベッドから気だるげに身を起こす。まだ頭がぼうっとしていて、私はしばらく窓の外をぼんやりと眺めていた。

「――あっ!!」

 そうだ! 朝のお祈りに行かないと……!
 時計を見る。今すぐ着替えなきゃ間に合わない。急がなきゃ!

 そんなこんなで、私の新生活の二日目は慌ただしく始まった――……。


「ま、間に合った……」

 はあはあと息を切らしながらも、私はなんとか祈り場まで遅刻することなく辿り着いた。
 他の祈り人たちからの視線を感じる……うう、恥ずかしい。寄りにもよって、初日にこれなんて。

「あっ」

「…………」

 ひとりと目が合う。昨日、私を助けてくれた男の子だ。
 男の子は昨日と全く変わらない、冷たい眼差しを私に向けていたけれど。私がそれに反応したと見るや、さっと顔を逸らされてしまった。

 間もなく響界の鐘が鳴り響いて、朝の始まりを告げる。

「皆さん、おはようございます」

 女神像の前に、祈り人たちが集まる。全員の前で声を上げたのは、雨木 美玲(あまぎ みれい)さん。祈り人の中で一番偉い人だ。
 昨夜パーティー中にお話ししたけれど、物腰やわらかで、丁寧な人だと思う。

「お祈りの前に……今日から私(わたくし)達と共に、ここで生活される方がいらっしゃいます」

 そうして、雨木さんに呼ばれた人から順に挨拶していく。私以外にも、学園の新入生が何人かいた。仲良くなれたらいいな……。

「――光咲 ひなたさん」

「はっ、はい!」

 そうこうしている内に、私の番がやってくる。三十人前後の顔が、一斉に私へと向く。――あの男の子だけは、目線だけ、だけれど。
 私は緊張で心臓をばくばくさせながら、とにかく『普通の自己紹介』を目指して口を開く。

「こ、光咲 ひなた、です。ふっ、ふつつかものですが、これからよろしくお願いします……!!」

 思いきり頭を下げる。いざ話し出したら、自分でも何を言っているのか分からなくなっちゃった……。くすくすという小さな笑い声が耳に届く。

「はい。ありがとうございます。では――」

 それ以降は特に滞りもなく、お祈りの時間は終わった。
 女神像の前に跪いて祈っていた私達は、雨木さんの合図で顔を上げる。

「今日から入った方々は、しばらく他の方から指導を受けて頂きますね。明日には割り当てを発表します」

 そう告げられてから、私達は解散した。
 私は、きびきびとした足取りで立ち去ろうとする男の子の後を追いかけ、声を掛ける。

「あのっ! ……昨日、聞きそびれちゃった……から。名前……」

「…………」

 やっぱり、無表情。冷たい目。
 今まで誰かと接してきて、常に無感情でいるような人は初めてだった。だからか、彼と目がかち合うだけで少しびくびくしてしまう。

「あら、光咲さん。風羽君とお知り合い?」

「えっ……かざはね、くん?」

 まるで私に助け船を出すように、雨木さんが歩み寄ってきた。

「そうよ。彼は、風羽 夜月君。風に羽、夜の月。綺麗な名前よね」

 ゆったりとした声色に、少しイタズラめいた響きを交えながら。雨木さんは私達に笑いかける。
 男の子――風羽 夜月(かざはね よづき)くんは、僅かに眉を潜めた。

「ごめんなさいね、光咲さん。風羽君は少し照れ屋さんで。特に、貴女みたいな可愛らしい女の子には素直になれないの」

「え、あ、えっと」

 お世辞だと分かっているのに、何だか気恥ずかしくなってしまう。……顔が熱い。

「……登校時間が近付いていますので、もう行きます。……それでは」

「ふふふ。行ってらっしゃい」

「あっ、待って! 私も」

 足を踏み出したその時、雨木さんに呼び止められる。なんだろうと思って振り返ると、

「出来れば、彼と仲良くしてあげてね」

 と、そっと耳打ちされた。
 私は少し考えて、素直に答える。

「昨日初めて出会ったばかりで、どういう人なのかも分からないですけど。話してみたいなって、思います」

 そう返してから、私は風羽くんの後を追うようにその場から立ち去る。

 ……印象に残ったのは、私が答えた後の、雨木さんの笑顔だった。
 それまで見たことのある、優しい笑顔の中に――切なさが、見え隠れしていたような。そんな気がしたから。


「風羽くん!」

 すたすたと早足で歩く彼に駆け寄る。

「えっと……今日から、よろしくね。ここでの生活も、学園の方も」

「…………」

「といっても、学園で会うかは分からないけど……」

 見るからに広いし、クラスが一緒か隣同士でもない限り、まず会うことが無さそう。
 苦笑いを浮かべる。

「……あまり、僕に関わらないで下さい」

「え?」

 風羽くんは前を向いたまま、歩調を緩めることなく呟く。

「……ひとりになりたいのです」

「……」

 淡々と、私に告げる。あからさまに壁を造られていた。多分この様子だと、私だからどうとかじゃなく、誰に対してもこうなんだと思う。
 ――まるで、冷気を纏っているみたいだ。人を寄せ付けようとしない、したくない。そんな思いを、風羽くんは全身から漂わせていた。

 しばらく、お互い無言のまま歩を進める。彼からすれば、もう言うことはないということなんだろうけれど……。

「……どこまで、ついてくるのですか」

「え、あ」

「君は男性なのですか」

「へ?」

 思いも寄らない言葉に、私はすっとんきょうな声を上げてしまう。
 風羽くんは呆れたように眉を潜めながら、

「……ここから先は、男性の部屋ですが」

 とだけ――って。

「……ご、ごめんなさいっ!! そ、それじゃあ……!」

 理解した途端、みるみる内に顔が熱くなって。風羽くんの視線に晒されるのに耐えられなくなった私は、逃げるように自分の部屋まで走り去った。


 それから間もなく。支度を済ませた私は穂乃花と会って、二人でクラスの教室に向かう。偶然にも私達のクラスは一緒で、新しい環境に少し不安だった私はほっとした。

「あっ! ねえ、そこの……桃色の髪の子!」

「?」

 教室へ向かう道すがら、大きな声で呼び止められる。穂乃花と思わず顔を見合わせた。
 振り向くと、そこには私達と同学年の男の子。つんつんと跳ねた茶髪に、濃い夕焼けのような赤色の瞳を持っていた。首元のスカーフを見るに、私達と同学年みたい。
 ハキハキとした話し方といい、見るからに快活そうな男の子だ。

「キミ、光咲 ひなたちゃんだよね?」

「は、はい……?」

「やっぱり!」

 満面の笑みを浮かべて、男の子は私の両手をがっしりと掴んだ。

「へっ……!?」

 いきなりのことに驚愕する私のことはいざ知らず、男の子はそのまま両手を思いきり上下させた。

「ありがとう! キミがオレの落とし物、拾ってくれたんだよね!!」

「あああ、あのっ」

 男の子に手を握られたことなんて片手で数えられるくらいしかない。しかもその一回は、八年前の男の子が相手。――だから、ほとんど経験はないに等しくて。

「はいはい、馴れ馴れしく触んないの」

 目まぐるしく移り変わる状況に混乱する私を助けたのは、穂乃花だった。穂乃花は男の子にぐいと顔を近付けて、手を離すように促してくれる。

「え? ……あーっ!! ごめんね!」

 繋いだ手を見つめ、一瞬の間の後に男の子は叫ぶ。ぱっと手を離すと、ごめんごめんと何度も謝ってきた。

「う、ううん。大丈夫」

 確かに驚いたけれど、そんなに謝らなくても大丈夫。――まだ少しびっくりしてるけど。

「ホントごめんね。オレ、すぐに気持ち高ぶっちゃって」

「女の子はねぇ、好きでもない男に急に触られたりなんかしたら幻滅なわけよ。しかも初対面とか、もう痴漢と一緒だし」

「うっ……そ、そっか。ごめん」

 穂乃花の遠慮のない言葉に、しゅんとする男の子。今までの言動からして、私は彼がそんなに悪い人じゃなさそうと感じていた。

「私、大丈夫だから。あんまり気にしないで」

「……ホント!? オレ、痴漢になってない!?」

「えっと……一応、私の中では」

「ありがとう!! すっごく嬉しいっ!!」

 さっきまでしょんぼりしてたのに、もう瞳をきらきらさせている。その慌ただしい切り替わりが、何だか子供っぽくて親しみを感じた。

「はぁー。ひなたって、ほんっっとにお人好し。――いや、甘やかしっていうの?」

「あはは」

 穂乃花の呆れた声に、私は苦笑いを返した。


「ひなたちゃんも穂乃花ちゃんも、同じE組なんだね!」

 それから私達は、三人でクラスに割り当てられた教室に向かうことになった。
 男の子は『土盾 刀我(つちたて とうが)』というようで、どうやら私や穂乃花と同じクラスだったみたい。

「でも良かったよ。入学して早々、可愛い女の子達と仲良くなれるなんて!」

「かっ、可愛い……って……」

「私からしちゃ、仲良くなってねーよって感じだけどね」

「えー。だって、お互いの名前はもう知ってるし、こうやって自分のこと話したりしたんだからさ。もう友達でしょ?」

 土盾くんの雑じり気のない笑顔と言葉に、穂乃花は目を細める。そして小さな声で一言。

「こういうタイプ、めんどくさい」

「ちょっと、穂乃花……」

 幸か不幸か、鼻歌混じりでご機嫌な土盾くんにその言葉は届かなかったみたいだ。
 私としては、土盾くんの素直な物言いはとても話しやすい。新しい環境で友達が出来るのか不安だったのもあって、少し安心。
 穂乃花も偶然クラスが一緒だから良かったものの、そうじゃなければ孤独になっていたかもと思っていたから。

『……ひとりになりたいのです』

 今朝の風羽くんの言葉を思い出す。ひとりになりたい、それはとても寂しい考えに思えた。


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