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陽光の差す方へ
冷えた眼差し


「じゃ、またあとで」

「うん」

 体育館で穂乃花と別れ、私は指定された席に着く。……けど、何となく落ち着かなくて辺りをきょろきょろと見回した。
 体育館内は、いっぱいの人でざわめいている。中には友達と一緒に談笑する人もいるし、ひとり席に座って緊張した表情の人もいる。

 ――この中に、あの日の男の子がいるのかな。

 そう思うと、私は急に胸がどきどきしてきた。偶然会えたりしたら、どうしよう。
 ……って、どうしようじゃない。会って、お礼を言いたいんだ。

『愛しの彼に会えるかもだから、めいいっぱい気合い入れてきたのかなーなんて』

 穂乃花の言葉が思い返される。なんだか居たたまれなくなった私は、結んだ自分の髪先をいじった。


 そうこうしている内に、入学式が始まる。
 学園長の挨拶、響界の頂点に立つ代表の挨拶……。

「それでは次に、新入生代表の挨拶。火宮(かみや)――」

 代表の人の話を聴きながら、私はもう一度、思い出の男の子に想いを馳せる。
 あれから八年。多分、彼は私と同い年くらいだと思う。だから、この学園の先輩、もしくは――こうして入学式に参加している可能性が高い。

 ――ようし。

 がんばろう。誰に言うでもなく、そう決意していた。


 その後は滞りなく入学式を終えて、クラスの顔合わせを明日に控え、今日はそのまま下校となった。
 寮に向かう穂乃花と別れた私は、これから色々とお世話になる響界へ足を運ぶ。

「やっぱり大きいなあ……」

 年に一度のお祭りの日に、家族でここに訪れたことは有るけれど。それにしたって、思わず溜め息が出るくらいに大きい。まるで絵本に出てくるお城みたいだ。

 多くの人が行き交う中、見上げる程の大きな扉を潜り抜ける。そこで目にしたのは、透き通るように輝くステンドグラスと、それを背に立つ女神様の像だった。

「きれい……」

 陽の光がステンドグラスを通って、女神様を照らしている。その光景があまりにも綺麗で、つい見とれてしまった。

「……あ」

 その女神像の傍らで、跪いて祈りを捧げている人々。その中に、私が知る人達を見つけた。
 ――といっても、個人を知っているわけじゃなくて。正確には、その人達の『役職』を知っているんだけれど。

「――その光を受けて 輝く軌跡」

 やがて、その人達――『祈り人(いのりびと)』は歌い出す。遥か彼方から伝わる聖歌を。

 聖なる衣を纏い、聖なる唄を歌い――女神様に祈りを捧げる人。それが祈り人と呼ばれる人達。老若男女は問わず、人数もかなりいる……と、思う。在籍するだけなら、すぐに出来るから。
 だからこそ、逆に私みたいな一般人は正確な人数を把握していない。

「…………」

 そっと私も祈りを捧げてから、その場を立ち去る。目的地は、まだ先。


「まさか、こんなことになるなんて……」

 あれから僅か数分後、困った状況に陥ってしまった。
 これから過ごすことになる祈り人の部屋――個人に割り当てられていて、幾つかの条件を満たした人が住めるようになっている――に荷物を置いて。私は叔母さんが働いている研究室に顔を出した。……そこまでは、良かったんだけれど。

『ああ、ひなた! 久し振りだな! しばらく見ない内に大きくなって……姪っ子の晴れ姿が見られなくて残念だよ!

 申し訳ないが、私は今物凄ーく忙しくてな? 悪いが、敬愛する叔母さんの為にこれを街で買ってきては貰えないか? なあに、そんな重くもないし数も少ない! キミなら大丈夫さ!』

 叔母さんの言葉を思い返しながら、私は大きな溜め息を吐く。
 叔母さんは魔導具と魔法薬、あとは異能力の研究を一手に行っている、響界でも有数の研究者なんだけれど……。貰った買い物メモを見て、うっと声を漏らす。

 ――昆虫の足を束ねたもの、十束。しかもそれを三種類ずつ。虫が苦手な私は、その文字列を見るだけで気分が悪くなってしまう。
 しかも、小さい頃に叔母さんが同じものを私に見せてきたことが原因だったり……。

「……でも、仕方ないよね……」

 叔母さんの仕事の為だし、これから色々とお世話になるわけだし……ね。
 市場に有るみたいだから、早く行って済ませてしまおう。決心して、私は足早に響界を出て行った。


 目当ての物を買って(見えないように不透明の袋に入れて鞄に仕舞いこんだ)、さあ帰ろうかと思った頃には、もう夕方になっていた。
 鮮やかな夕焼けが世界中をオレンジ色に染めていって、人がぽつぽつと帰路に着く。

「あ……早く帰らなきゃ」

 その夕焼けに美しさに目を奪われそうになったけれど、叔母さんが待ってるんだからと我に還る。
 人とぶつからないよう、小走りで響界に向かっていると。

「!! なに……!?」

 突然、辺りに女性の悲鳴が響き渡って。見回してみれば、出所はすぐ近く。ひとつの露店で火事が起きていた。

「マモノだ! みんな早く離れろ!!」

「マモノ……!?」

 ただの火事じゃない、その事実に私は目を見張る。
 かつて人々を襲い、力を奪ったと呼ばれるマモノ。それは世界から消えた今もなお、『エネルギーの暴走』という形で具現化することがある。
 とにかく、早く避難しなきゃ……! そう思った時、

「あっ……!!」

 逃げ遅れたのか、転んでいる女の子がいた。足を怪我しているのか、立ち上がれないでいる。

「いやッ……!! 離して! 私の子が……!!」

 お母さんだろう人の悲鳴。泣いている女の子。
 彼に襲いかかるように、炎の手が迫っていた。周りの人の位置からじゃ、走っても助けられない。


 でも――私の場所からなら、届くかもしれない。

 どうするの? 確実に助けられる保証はない。魔法で炎のマモノを打ち消すことは出来ないし、女の子の元に辿り着けても、そのまま私も――。
 迷っている間にも、炎は確実に歩けない女の子へ向かっている。普通の炎じゃないから、消火活動もままならない。響界からの助けも間に合わない。

「おかあ、さ……だれか……たすけ、て……っ」

 ――!!

 沢山の人が悲鳴や怒号を上げる中、女の子のその声が、なぜかハッキリと届いた。
 そして、重なった。八年前のあの日、怪我をして歩けなくなって、心細くひとり泣いていた――あの頃の私と。

『大丈夫だよ。……泣かないで』

 あの日の男の子の声が、頭の中に木霊する。


 その瞬間。私は、一目散に走り出していた。


「しっかりして! 今、助けるから!」

「おねえ……ちゃん?」

「大丈夫だよ、安心して」

 助け起こそうとする私に、女の子は呆然とした声を上げる。私は『大丈夫』と、あの日の男の子の言葉を借りて笑いかけた。それだけで、力が湧いてくるような気がする。

 ――でも。ほんの少しだけ、時間が足りなかった。

「もう駄目だ……っ!!」

 周囲の人々の悲鳴が、どこか遠くに聴こえる。炎が、まるで四肢を得たように立ち塞がって。その大きな両手を、私達に伸ばしていた。
 私は後悔した。あと少し、迷う時間が短ければ――。

「ごめんね……っ」

 大口を叩いた癖に、あの日の男の子のようにはなれなかった。助けられなかった。
 炎から背を向けて、脅える女の子をぎゅっと抱き締めた。ほんの僅かでも、助かるように。

『……ぼくは』

 あの日の男の子の声。結局、名前も顔も分からないまま、私は。

 ――知りたかった、な。

 涙で、視界が歪む。女の子を抱き締める腕に力を籠めて、私は最後に目を閉じた。
 そうして、訪れるだろう身を焼かれる痛みを覚悟していた。



 …………。


 ……?


 ……いつまで経っても、なにも痛みは襲って来ない。そう自覚したら、周りがやけに静まっているのにも気が付く。

「……?」

 ゆっくりと目を開ける。女の子は無事。周囲の人々は、なぜか一様に茫然としていた。
 炎のマモノは? どうして? そう思いながら、ゆっくりと振り向く。


 そこに、いたのは。


「……え……?」

 私の、すぐ後ろに――誰かが、立っていた。
 空色の髪に、すらりと細い身体でまっすぐに立つ、その人は。学園の制服を身に纏っていた。
  炎があっただろう場所に手を伸ばしていたけれど。やがて静かに降ろして、こちらを振り向いた。

「――!!」

 まず目に入ったのは、私を睨み付ける鋭い眼差しだった。
 夜空を写したような紫に、森色を差した瞳。それは凄く綺麗なのに。それが宿す感情は、とてつもなく冷たかった。

「……あ。あ、の……」

 うまく声が出ない。この間に、学園の制服……その胸のスカーフの色で、彼が私と同じ新入生だと気が付く。

「――」

「え?」

 男の子が、口を開く。けれど、何を言っているのかは分からなかった。……こんなに近くにいるのに。
 疑問を抱きながらも、私はようやく『お礼を言わなきゃ』という思考に至った。

「あのっ……」

「ありがとうございます!!」

「――えっ?」

 静寂を破ったのは、私でも男の子でもなく、腕の中にいる女の子のお母さんで。それを皮切りに、周囲の人々がざわめき出す。

「良かった……本当に良かった……」

「娘を助けて下さって、ありがとうございます!! もう、なんとお礼をしたら良いのか……!」

「え、あ、いえ……」

 後ろの男の子と私に、女の子のお母さんは何度も頭を下げてきた。今度は私の方が呆けてしまって、間の抜けた返事をしてしまう。

「……おねえちゃん、ありがとう」

「あ、ううん。私は何も……こっちの男の人が――え?」

 振り向けば……男の子は、もうどこにもいなかった。辺りを見回してみても、見当たらない。まるで、始めから誰もいなかったかのように……忽然と、消えてしまっていた。

 ――どうして?

 確かに、さっきまでいた筈なのに……。
 混乱する私をよそに、喧騒は日が沈むまでの間、止むことはなかった――。


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あきゅろす。
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