「嬉しいです。風羽せんぱい、いつもは着いていきたいって言っても嫌がるじゃないですか。今日は許してくれるんですね」
「……」
腕に抱きついて笑顔を向けてくる菜々子を、夜月は一瞥する。
――複雑だった。罪悪感が胸に満ちてくる。
想ってくれているのは伝わってきて。なのに……応えられない癖に、まるで利用しているみたいだと。
(彼女は……)
なぜ、菜々子の申し出をあっさり受け入れたのか。その理由は、ただひとつ。
――『彼女』は、土盾君と一緒にいた方がいいんだろう。ただ、そう思っただけだ。
目が合った途端、即座に目を離された。あのとき自分が何を思ったのか、彼女は知るよしもないだろう。
(……これでいい)
元々、こうするつもりだったのだ。ここ最近が、おかしいくらいだった。
自分は、今まで通り孤独でいればいい。それが、誰にとっても幸せなのだから。夜月には、そう思えてならなかった。
(……なぜ)
なぜ、あんなことをしてしまったのだろう。
ついさっきのことを思い出す。泣いていた彼女の頭を撫でて、涙を拭って。
――安い偽善を振り撒いているのは、こっちの方じゃないか。
「……あの。風羽先輩」
菜々子の腕の力が緩む。顔を俯かせる彼女は、さっきまでとは打って変わった、静かで真剣な声色で。
「……昔。振った理由をせびる私に、教えてくれましたよね。好きな人がいるからって。
――その人のこと、今でも好きですか?」
「……!!」
思わず足を止める。どうして今、こんな時に。それを聞いてくるのだろう。
表情は無のままに、けれど夜月の心は酷くざわついた。
菜々子は意を決したような、強い光を宿した瞳を夜月に向けて。
「その人は今、風羽先輩の傍にいますか……?」
「…………」
――焼けた左手の痛みが、強くなった気がした。
同時に、頭の中に『彼女』の顔がよぎる。胸が苦しくて、自分が嫌で、仕方がなかった。
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