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陽光の差す方へ
無意識に


「……ん……」

 目を開けるのも、まだ億劫に感じる。それぐらい、ぼんやりとした意識の中。私はゆっくりと、何となく身の周りの状況を把握し始めた。

 なんだろう……背中に固い感触がする。狭いところに押し込められているみたいだ。

 ――それに、無視できないのが。全身に触れている、あたたかな何か。どこかで感じたことのあるような、とても安心する温もり。
 私は、それが何なのか知りたくて。そうっと目を開ける。

「……っ!? か、風羽くん!?」

 思わず、大きな声を上げてしまう。――そこには私の目の前で眠る風羽くんがいた。

「……すう」

 か、風羽くんの顔が。こんなに、近い。ちょっと動けば、くちびる……とかが、触れ合ってしまいそうなほどに近かった。

 彼の寝顔は、普段の張りつめた糸のような、冷たさを帯びたものじゃない。その表情が想像できないほど、無防備で……あどけなかった。

「……っ」

 心臓が、身体から飛び出してしまいそうなほどに音を立てていた。意識すればするほど、声が出せなくなる。

「……んう……」

「!」

 そのとき、彼にぎゅっと腕を掴まれていたことに気が付く。――左手、だ。彼は、左手で私の腕を握っていた。

 意識が覚醒したお陰で、さっきのことを思い出す。……そうだ。気を失う直前、彼の叫び声と。腕を掴まれる感覚が、したんだ。

 ……風羽くんの、左手、は。
 ちらりと視線を向けた。白い手袋が、彼の手を覆い隠している。
 手袋の下が、どうなっているのか。彼自身に聞いても、果たして教えてくれるか分からない。……でも、知りたい。
 もし、こっそりとでも見られたら――。

「……ないで」

「えっ……?」

 風羽くんの表情が、苦しげなものに変わっていた。眉を潜めながら、彼は切実な声で。

「……いか、ない……で」

 ぎゅっと、彼の左手の力が強くなった。声の切ない響きに、胸が苦しくなる。

「……」

 私、なにを考えていたんだろう。
 人が隠しているのに、それを本人が知らない内に暴こうだなんて、どうかしている。
 しかも、何度も――今もこうやって、私のことを助けようとしてくれただろう人の秘密を。

「……ごめんなさい」

 謝って済むことじゃなくても、自然と口から謝罪が出てしまっていた。もちろん、眠っている彼には届かない。……もしかしたら、その方が、いいのかも。

「う……うぅ」

 風羽くんの顔は大きく歪み、汗も浮いている。……うなされてるのが分かった。

 最初みたいに、安らかに寝ているのならまだしも。この状態じゃ、起こした方がいいかもしれない。見るからに苦しそうで、このままにしておくのは辛かった。

「風羽、くん。風羽くん、起きて」

 掴まれていない左手で、彼の身体を揺さぶる。

「う……ぁ、ううぅ……」

 浮き出る汗を拭っても、止まらない。焦ってきた私は、なんども何度も風羽くんの名前を呼んだ。

「風羽くん! 風羽くん、お願い! 目を覚ましてっ!!」

 もう、悲鳴に近くなっていたと思う。
 彼が目を覚まさないのが、不安で。起きて欲しい、悪夢なんて見ないでって、そう祈っていた。

 ――その、お陰なのか。

「……ん」

 ぴくり、と彼の左手が動く。次いで、僅かな身じろぎ。

「…………」

 静かに、風羽くんが目を開けた。ぼうっとしているのか、彼は私の方をじぃっと見つめる。
 緑を透かした紫の瞳は間近で見ると、まるで宝石みたいに艶やかで綺麗だった。それに自分の姿が映されていると、何だかまた鼓動が速まっていくのを感じる。

「あ、あの。風羽くん……」

「…………」

 最初に見た寝顔と同じくらい、今の彼も子供っぽく見えた。とろんとした目つき、少し無造作に流れる空色の髪。

 ――そして何より、今の彼は無表情じゃない。
 寝起きで思考が定まらないのか、ぽけっとした顔をしている。

 普段の姿が姿だから、あまりに差が大きくて。どちらが本当の彼なのかと、そう疑問を抱いてしまうくらいだった。

「……!」

 やがて、風羽くんは急速に覚醒したのか。ぼんやりしていた瞳が、はっきりと光を取り戻す。

「……光咲、さん……?」

 それでも、この状況が理解できないようで。目覚めた直後の私と同じように、ひどく驚いている様子だった。顔が、ほんのり赤く染まっていく。

 ――いつもより、彼の表情が柔らかいからか。感情も読み取りやすかった。

「ご……ごめんね。私も、どうしてこんなことになっているのか分からなくて」

「……つっ」

「だ、大丈夫!?」

 私から離れるため身体を離そうとした風羽くんだったけれど。すぐ壁にぶつかったようで、痛みに顔を歪めた。

「……平気です。それより……も」

 それでも壁に張り付いて、出来る限り私から距離を取る。そんな風羽くんの視線が、ふいに左手へと注がれた。私の腕をずっと掴んでいたことに、気が付いたみたいだ。

「っ……すみません」

「あ……」

 パッと離され、なぜだか少し寂しくなる。しかも、思わず声まで上げてしまった。

「……謝らないで。風羽くん、私を助けようとしてくれたんでしょ?」

「……別に」

「ごまかさなくていいのに」

「……」

 彼の視線は、さ迷うように行ったり来たり。かなり落ち着かないみたいだ。

「……結局、こうなってしまっては意味がありません」

 風羽くんの表情が、すうっと変わる。――ううん。戻った、と言った方がきっと適切。
 彼はまた、無表情の仮面を被ってしまったみたいだった。

「……僕達は、先程の魔導具の中に吸い込まれました。これは、罪人を捕らえる為のもの……」

 風羽くんは目を伏せて、私にこの状況を説明してくれる。記憶の中から知識を引っ張り出すように、ゆっくりと話していく。

「僕達の身体は、万物の源であるエレメントによって構成されています。それを一時的に分解、そうして魔導具の中……正確には、あの箱の中にあった輝石に閉じ込めるという仕組みです」

 「つまり」、と風羽くんは私をまっすぐに見据えながら。

「中から脱出することは出来ません。魔法で抉じ開けることも不可能です。……外の人間が気が付いて、出してくれることを祈るしか……」

「そんな……どうして」

 今までだって、祈り人はあの倉庫を、あの魔導具の清掃をしていたのに。どうしてこんな、急に誤作動なんてことが。

「……恐らく、魔導具に損傷があったのでしょう。そして刻印に異常が起き、誤作動を引き起こしたか。……何にせよ、僕達にはどうしようもありません」

 魔導具に……損傷。
 それを聞いて、私ははたと思い至る。

「もしかして、最初に私が磨いた魔導具……」

 風羽くんに、それだと傷がつくと指摘された、あの魔導具。もしかして、私のせいでこんなことになってしまったんじゃ。

「……分かりません。君が原因の可能性もありますが、本当にただの偶然かもしれません」

「……ごめんなさい……」

 謝罪が口をついて出る。今まで何度も祈り人が出入りして、同じように掃除しているのに。今回こんなことになったなんて、私が原因の可能性の方が圧倒的に高く感じた。

 風羽くんは、冷たい眼差しで私を睨み付ける。出会った時と同じ。……私が、苦手な目だ。

「……確証もないのに、謝らないで下さい。不快です」

「……ごめん」

 風羽くんが目を細める。沈黙が、私達の短い隙間を通り抜けた。
 体制的に向き合うことしか出来ず、寝返りを打つこともままならない。風羽くんの視線に晒されるのが、居たたまれなくて。目を伏せて、それから逃げていた。


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