「風羽くん、お待たせ」
部屋を出てみると、やっぱり先に着替えを終えていた風羽くんが待っていた。
私を見ると、彼は壁に寄りかかるのを止めて姿勢を正す。
風羽くんの格好は、黒を基調にした燕尾服に近いものだった。しっかりした素材とひらりとした裾が、彼のすらっとした体つきを引き立てていた。
なんだか、風羽くんもあまり作業着っぽくはない気がする。もしかしたら、風羽くんも誰かから貰った服を着ているのかも。
例えば――雨木さん、……とか。
「……人をじろじろと眺める癖でもあるのですか?」
「え、あ。ごめんね。……それじゃあ、行こっか」
私、風羽くんのこと。いつも見てばかりな気がする。
そう思いながら、先導する彼の後を追った。
「……今日は、主に倉庫の掃除と。そこにある魔導具の整備をやります」
響界の南区画。前に私が行った、ガーディアン本部のすぐ近くへと、私達はたどり着いた。
蜘蛛の巣状に広がっている響界は、東西南北に扉を設置していて、どこからでも出入りが出来るようになっている。
学園側から一番近い、いつも私が出入りしているのは正面の南扉。ガーディアンの本部がそこにあるのも、事件の際にすぐに出動できるようにということだとか。
ただ、そこは正面扉だけあって人通りも多くて大変。
じゃあ、ガーディアン本部の隣に、響界の外にも、市場がある街の方にも出られる通路をつくろう。――むかし響界の代表だった人が、そう決めたみたい。
「整備、って……私、魔導具とか、生活に使うもの以外は、あんまり触ったことないけど……大丈夫かな」
「……教えます」
言葉少なに答えながら、風羽くんは私を倉庫前に待たせて一人ガーディアン本部へと入っていく。倉庫の鍵を借りてくる、そう言い残して。
「……いい天気」
鳥の声や、ゆるやかな風に。少しだけ、さっきまでの暗い気持ちが和らいだような気がする。
この倉庫周辺は、回廊にあった庭園と同じように、柔らかい芝生と花壇がある。花の周りでは、ちょうちょがひらひらと飛んでいた。
どこまでも青い空や太陽の光も、私の心を明るく元気付けてくれるように感じる。
――どうしたら、風羽くんともっとちゃんと話せるのかな。そんな考えが、頭の中にぽつんと浮かび上がる。
「風羽くん……」
距離を取られているのは勿論なんだけど、――なんだろう。私に対しての冷たい目や、さっき食事中に見せた、眉間に深く皺を寄せる仕草。
なにか、言いたげに感じるのに。私には、彼が何を考えているのか分からない。……どうしたら、話してくれるのかな。
それに。やっぱり、八年前のことを聞きたい。そうして確かめたい。風羽くんが、あの日の男の子なのか。
「――あっ。風羽くん、おかえりなさい。鍵、ありがとう」
なるべく明るい雰囲気にしたい。そうしたら、お互いに話しやすい空気になるかもしれないから。
分からないことが色々あるけれど。とにかく、少しでも心を開いてくれるよう頑張るしかないと思った。
倉庫の鍵を、風羽くんは慣れた手つきで開ける。手を回して、間もなくがちゃりという音。
「……普段は、こういった仕事を当番制。二人一組で行います。……ただ、組み合わせはその時々によって異なります」
話しながら、風羽くんは横開きの扉に手をかける。
「あっ。扉、重いよね? 私も手伝うよ」
「……必要ありません」
ばっさり切り捨てつつ、扉を人ひとりが通れるぐらいまで開けた。
――扉を開ける際にも、彼は利き手であるはずの左手ではなく、右手を使っていた。さっきの食事中でも、フォークを持つ手は右だったことも思い出す。
ペンやフォークを持ったりするのは、別の手ってことも有り得るかもしれないけれど。……重い扉を開けるのに、利き手を使わないって、あるのかな。
正直、風羽くんはあまり力があるようには見えない。身体つきも、手や指もほっそりしているし。
だから、なおさら利き手を使わないのに違和感が拭えなくて。彼が手を使うとき、つい注目してしまう。
「……何をしているのですか」
「ご、ごめん!」
彼に続いて、私も薄暗い倉庫の中に入った。
倉庫というのだから、中は埃っぽいのかなと思ったけれど。風羽くん曰く定期的に掃除しているとのことで、空気が悪いとかはなかった。
風羽くんは扉近くに取り付けられたスイッチを押す。そうして火の輝石で造られた明かりが灯った。
明かりは輝石の丸い形そのままに造形されていて、揺らめく仄かな赤い光が辺りを照らしてくれる。
こういった、エレメントの輝石を元にして造られたものの総称が『魔導具』。生活に関わる電車や洗濯機とかも輝石で動いているから、それらも魔導具って扱いになるみたい。あんまり普段は意識しないけれど。
「……目新しいものに気を取られて、転ばないで下さい」
「う、うん」
言いながら、私は倉庫内の全容を見渡す。思っていたよりも、結構広い。
奥から詰めるように、大小さまざまな魔導具が棚に陳列されていた。生活に役立つものや、今は骨董品のように扱われている古いもの。その様相は、まるでお店の商品のよう。
「……これを。僕が手本を見せますから、その通りに」
「うん」
掃除用具置き場にあった磨き布を渡され、私は風羽くんの手に注目する。迷惑をかけないように、しっかり覚えないと。
彼は近くにあった魔導具を持ち上げ、私に見えるように向き直る。魔導具は小さな箱の形をしていて、彼の手のひらにすっぽりと収まるぐらい。
「……あ」
箱がぱっかりと開き、中には色のない輝石が入っていた。輝石の周りには何か刻印のようなものがあるけれど、掠れているのもあって読めない。それに、見たこともない文字だ。
「……まず、中を磨きます。輝石の頂点から、外周に向かって。隙間なく」
今まで、同じことを幾度となくやってきたのが分かる。風羽くんの手つきは、それが日常茶飯事のように淀みなく、正確で素早い。
何年も、祈り人として暮らしてきた経験が窺えた。
「……やってみて下さい」
風羽くんは、棚から全く同じものを渡してくる。私は受け取り、彼の指導を口で確認しながら再現してみた。
「……輝石が傷つきます。もっと優しく」
「あ……ごめんなさい」
緊張のせいか、少し力が入ってしまっていたみたい。落ち着かせるために、ふぅと一息吐く。そうしたら、今度はちゃんと磨くことが出来た。
「ど、どうかな」
風羽くんの前に差し出し、見せてみる。すると彼は、
「……!!」
たぶん。何の気なしに、やったのだと思う。――でも。私から魔導具を受け取ろうとした彼の手が、ほんの少しだけ私の手に触れたとき。なぜか、どきりとしてしまって。
……明かりの色が赤くて、良かったかもしれない。私の顔、たぶん同じ色をしているから。
「……これで問題ありません。それでは、……聞いていますか」
「あっ! う、うん。大丈夫」
「……? では、」
怪訝に思ったみたいだけれど、すぐに切り替えてくれた。内心良かったと思いつつ、私は彼の言葉を聞き漏らさないように身を乗り出した。
それから、私は風羽くんに教えて貰いながら仕事をこなしていった。ほとんど滞りなく出来た、と思う。……きっと。
とりあえず、うまくいかなくて怒られる、なんてことにはならなかった。
「……これで終わりです」
「うん。お疲れさまだね」
たぶん、二時間くらいかかったのかな。ゆらゆらとした赤い明かりの中に、ずっと晒されているから。時間感覚がよく分からなくなってくる。
「……数も、ここへ来たときと変わりありません」
棚に元通り陳列した魔導具を一つひとつ確認しながら、風羽くんは報告書を記入していた。
……あれ? この字、どこかで見たことがあるような……。
「……確認も終えました。出ましょう」
「あ、う、うん」
また考え込んで、不審に思われるのも嫌だ。頭の中で考えつつ、私は風羽くんの後を追おうとした。
「……?」
そのとき。私は視界の隅に、何か光のようなものを見つけて。思わず足を止める。
振り返ってみれば、それは私達が始めに磨いていた魔導具。閉じた箱の隙間から、光が漏れ出ていた。
「風羽くん、これは――」
彼に伝えようとした、その瞬間。目が眩むほどの光が、倉庫内すべてを照らし出した。
「っ……!?」
まるで押し寄せてくるかのような光の奔流に、私は顔を覆う。同時に、身体が引っ張られるような感覚に襲われて。
「――……!!」
意識を失う寸前、何かを叫ぶ風羽くんの声が聴こえた。
そして。腕を、強く掴まれ――。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!