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陽光の差す方へ
来てくれた


 それから私は、警察機関『ガーディアン』の本部へと向かった。ガーディアンの本部は、この響界の最南の区画だ。

 響界の構造は、中心に大広間と中央庭園があり、そこから蜘蛛の巣状に区画が分けられている。
 後は地下室もあるみたいだけれど、そこは研究職の人やガーディアンなど、一部の人しか入れない。

「……あのー……」

 本部、といっても。部屋の入り口は、他の部屋と変わらない。豪奢な装飾が施された扉を抜けた、広々とした一室。
 入り口付近から壁に向かってカウンターが幾つか設置されていて、そこが私みたいな訪問者用の通報窓口になっているみたいだ。

「おや、どうしたのかい?」

 人が慌ただしく行き交う中、私はそうっとカウンターの人に話しかける。ガーディアンの男性は、私が不安げなのを察したのか。優しい笑顔で対応してくれた。

「お忙しい中、すみません。実は……」

 響界の内外で視線を感じることを話すと、男性は真剣な表情に変わり。うんうんと頷きながら、熱心に聞いてくれる。

「……そうか。……じゃあもしかして、あの無記名の手紙は君からだったのかな?」

「え?」

 手紙? そんなものを出した覚えはなくて、首を傾げる。

「確か、あそこに――あぁ、あったあった」

 いったん席を離れた男性は、壁際の棚のファイルから思い通りのものを見つけたみたい。うんと頷いて、こちらに戻ってくる。

 男性は、封筒の中から一枚の手紙を広げて見せてくれる。白い無地の便箋で、封筒にも特に何も書いていない――とても簡素なものだった。
 中身も、簡単な挨拶と、私が言ったことと似たような内容。ただ違うのは、視線を感じた具体的な場所は書いていないということ。
 筆跡も、もちろん私とは違う。細くて、小さな字だった。便箋のスペースが、かなり余るくらい詰められている。
 でも、汚い印象はない。むしろ、綺麗な字だと思った。

「昨日の夜、だったかな。気が付いたら、ここに置いてあったんだよ」

「……私、ここに来たのは今日が初めてです」

「そうか……それは勘違いしてすまなかったね。出所の分からない情報には、なかなか対応することが難しいから。差出人が分かればと思ったんだけれど」

 私と同じような悩みを抱えている人が、この手紙を送ったのかもしれない。情報が無さすぎて、そう結論せざるを得なかった。


 それから、私は視線を感じた場所、時間帯などを細かく話して。ガーディアンの本部を後にした。
 そして叔母さんへの研究室へもちゃんと行って。事細かく、正直にあったことを話した。

「――話してくれてありがとう、ひなた」

 怖い気持ちが蘇って、身体が震えてしまった私を。叔母さんは、優しく抱き締めてくれる。

「でも、無理はしなくていい。怖いのは当たり前なのだから、私に甘えてくれ」

「……うん」

 叔母さんの背中に手を回して、ぎゅうっと抱き締め返す。それだけで、凄く安心できた。



 それから数日後の、休日の朝。
 私は早めに起きて聖衣に着替えると、まっすぐに祈り場に向かう。

「……風羽くん、まだ来てない」

 辺りを見回して、ぽつりと一言。
 今まで通り女神像の前まで行くと、先に来ていた人達で賑わっていた。

「だーれをお捜しですか?」

「!? ひょ、氷塚さん」

 いきなり背後から声をかけられて、肩がびくりと跳ねた。振り向けば、氷塚さんはにっこりと笑顔を浮かべて。

「おはようございます、光咲先輩。風羽先輩はまだ来ていませんよ」

 私の独り言を聞いていたみたいだ……。本当にびっくりした。

「あ、そういえば……氷塚さん、何日か前に風羽くんを捜してなかった?」

 何気なく話題に出すも、同時にあのときの出来事――風羽くんに抱き締められたことも思い出してしまって。さらに、間近にあった彼の顔や心臓の鼓動、あたたかさも、ぜんぶ。
 そのせいか。……少し、胸が高鳴った。

「……どうして顔を赤くしてるんですか?」

「えっ! あ、ううん! なんでもないよ!?」

 昔から『考えがよく顔に出る』、と穂乃花に指摘されてはいた。でも、初めて会ったばかりの氷塚さんにも分かるほど、バレバレだなんて……。

「なんでもない、ですか。ふうん……まあいいです」

 疑わしいものを見るように、氷塚さんは目を細めていたけれど。やがて、私の問いかけに答えてくれる。

「風羽先輩は、すぐどこかにいなくなっちゃいますから。放課後とかに見つけたら、もう飛んでっちゃいます」

 風羽くんの話になると、幸せそうに頬を緩める氷塚さん。
 ……誰かを好きになると、こんな顔をするんだ。なんだろう。すごく、いいなあって思った。

「よく逃げられちゃうんですけど、でもそれも追いかけっこしてるみたいで楽しいっていうか。ふふふ」

 そのときのことを考えているのか、氷塚さんは鼻歌でもしそうなぐらいご機嫌だ。

「あ、でも。普段は私、割と自重しているんですよ? 風羽先輩がひとりでいるのが好きなことも、もちろん知ってますから。私は引き際をわきまえた、出来る女なんですよ!」

 だから、食事中とかに無理やり押し掛けたりはしない。氷塚さんは、そう強く主張した。

 ――それを私は、どこか複雑な気分で聞いていた。
 何だろう。風羽くんのことを、寂しいなって思ってしまう。
 雨木さんとのことや、そもそも常に独りでいようとするところも。……寂しく思ったり、してないのかな。
 私がそう思うのは、氷塚さんみたいに彼と長い付き合いではないから……?

「……氷塚さんは、昔の風羽くんも知ってるんだよね」

「あら、知りたいですか? この間はあんなこと言っておいて、やっぱり風羽先輩のこと狙ってるんじゃないですか!?」

「ち、違うよ。私は、ただ……風羽くんのこと、もっと知りたいなって」

 その気持ちに、嘘偽りはない。狙ってるも何も、人を好きになるってことがよく分からないんだから。
 ちょうど氷塚さんを見て、こういう感じなのかなって思っているぐらいだし……。

「昔の風羽先輩はー……今の彼がそのまま小さくなった感じで、でもすっごく可愛かったですねぇ。ほんと、あのときの先輩を見たことないのは人生損してるーってぐらいです!」

「そ、そこまで……」

 すごい、としか言いようがない。本当に、氷塚さんは風羽くんが大好きなんだ。そう納得させられてしまう。

 それにしても。――昔の風羽くん、かあ。
 もしも、八年前の男の子が風羽くんだったら。そう思ったら、早く確かめたいという気持ちが湧いてくる。
 ……でも、なかなか聞くタイミングがない。氷塚さんも言っていた通り、彼はすぐに姿を消してしまうから。

「――あっ! 風羽せんぱーい!」

「えっ……」

 いきなり走り出したかと思えば、風羽くんが祈り場にやってきたみたい。見てみれば、確かに扉を潜ってきたばかりの彼の姿があった。

「……」

 手袋が目につく。今は聖衣姿だから、男性はみんな身に付けているのが当たり前ではあるけれども。私の推測が、もし正しかったら。彼は――。

「……」

「あ……」

 氷塚さんと一緒に歩いていた彼が、一瞬だけ私の方を向いて。目が、合った。……すぐに、逸らされてしまったけれど。

「はい。それでは皆さん、今日という日を始めましょう」

 響界の鐘の音が鳴ると同時に、雨木さんの元へ私達は集まる。こうして、今日がはじまった。

 私のような新人が、指導役の人に着いて貰うのは今日からになる。
 朝のお祈りを終えて、解散後。雨木さんの合図で、それぞれのペアが合流していく。

 指導役の人はみんな、にこやかに新人と接していた。緊張をほぐすように、優しく。

「……」

 風羽くんは、来てくれるかな。なんて、妙なことを考えてしまう。待たずとも、私の方から行けばいいのに。
 今、辺りを見回したら。指導役が嫌なあまり、この場からいなくなっているんじゃないかって。そんな失礼なことを、考えてしまって。

『いえね、大変だろうなと思ったのよ』

『あの子、誰に対しても、ね。……ああだから』

 この前の、おば様達が言っていたことを思い出す。――これじゃあ、私も同じだ。おば様達のことを、そんなの酷いなんて偉そうに言えない。

「……光咲さん」

「!」

 不安からか、いつの間にか俯いていた顔を上げる。そこには、風羽くんが立っていた。

「……何をぼうっとしているのです」

 彼の顔は、いつも通りの無表情。そこからは、何を考えているのかは読めない。

 ――でも。

「……うれしい。来てくれて」

 思わず、そんな言葉が口から出てしまった。

「……!!」

 風羽くんは、僅かに口を開いて――何も言わずに、閉じる。そして、ふいに私から背を向けて。

「……不本意でも、義務は義務です」

 だから、指導役はちゃんと果たしてみせる。たぶん、そういう意味だと解釈した。

「……行きましょう」

「……うん。ありがとう」

 私は、いつしか自然に笑っていた。なんとなく、この空気が心地よく感じられて。――うれしかった。

 ……あ。
 そのとき一瞬だけ、視界の隅に映ったのは。物陰で私達を見ていたと思われる、氷塚さんの姿だった。


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