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陽光の差す方へ
風羽くんが好きな人

「風羽くん、好きな人がいるの!?」

 ひとりになりたいと言って、誰からも距離を取ろうとする風羽くん。彼のそんな姿と、想いを寄せる人がいるという状態が重ならない。
 私自身、恋ってどういうことなのかはよく分からないけれど。氷塚さんのような感じだとすると、……風羽くんが誰かに恋をしているようには見えなかった。

「……五年前。風羽先輩と逢って、しばらく経ってから。私、彼に告白したんです。

 そうしたら、フラれました。他に好きな人がいるからって」

 寝せた腕に顎を乗せて、氷塚さんは続ける。

「……でも。あれから何年も経ちましたし、その人は小さい頃の思い出になっていると思うんです!

 いくらなんでも、今から八年も前に、たった一度しか会ったことのない人のことを、今でも変わらず想ってるとは思えませんから!」

「!!?」

 え、え。――え?
 氷塚さんの言ったキーワードが、頭の中を駆け巡っていく。

 八年前。一度しか会ったことのない人。
 それは、私が捜している男の子と、完全に一致していて。

 ――風羽くんは、その人のことが好きだった?

「おやあ? それってさあ、ひなたと同じだねえ」

「ほっ、ほほほほ穂乃花!!」

「? どういうことですか?!」

 動悸が激しくなっていく。胸に手を当ててみれば、心臓が飛び出してしまいそうだと思った。
 顔が沸騰しそうなほどに熱い。たぶん、耳まで赤くなってしまっている。

「ひなたもねぇ、八年前に一回だけ会ったことのある男の子にご執心なんだよ。ねぇ、ひなた?」

「……!!!」

 声も出ない。まさか、まさか……そんな、ありえない。

「なんですって……」

「ひょ、氷塚さん」

 わなわなと身体を震わせる氷塚さん。俯いていて表情が見えないのが、とても怖い。

「そんな、ありえないよ。だって、ほら? もし風羽くんの言ってた人が私だったら、再会した時点で分かるはずでしょ?」

 氷塚さんに言いながらも、自分に言い聞かせているようだった。そうだよ、そんなの有り得ない。あるわけがない。

 初めて会ったときや、その夜に会った時の風羽くんの姿を思い出す。あの冷たい眼差しは、どう見ても好きだった人へ向ける視線じゃないもの。

「でもっ、八年前と今じゃ見た目とか違うじゃないですか!」

「そ、そうだ。私、ちゃんとその男の子に『ひなた』って呼ばれてたよ。だから、もし風羽くんなら名前を聞いた時点で分かるはずだよ」

「じゃあ、光咲先輩はその男の子から名前は聞かなかったんですか!?」

 うっ。痛いところを突かれて、私は氷塚さんから目を逸らす。

「ごめん。私、その人の顔や名前を思い出せないの。確かに聞いたはずなのに……」

「…………はあ。そうです、か」

 思いきり大きな溜め息を吐かれる。かなりガッカリしてしまったみたいだ。

 長い沈黙の後。氷塚さんは項垂れていた顔を上げて、私をまっすぐ睨み付けながら。

「――決めました。光咲先輩を、私のライバルと認定します」

「え」

「とにかく、色々と怪しすぎますからね!」

 あやしい、って……そんな。確かに説得力はなかったと思うけど……。
 思わず助けを求めるように穂乃花を見ると、彼女はとても楽しそうに笑いながら。

「ま、頑張りなよ」

 と、一言。……絶対、この状況を楽しんでるでしょ。

 ――これから、どうなっちゃうんだろう。
 新生活が始まった早々、本当に色んなことが有りすぎる。氷塚さんにライバル認定されるし、……それに。

『――ひなた』

 思い出の男の子の声を思い出す。あの子は、風羽くんじゃ……ない、よね?
 胸の鼓動は、まだまだ収まりそうになかった。


 穂乃花と別れて、響界までひとりで歩く。氷塚さんは店を出るなり、「お先に失礼します!」と言い残して帰ってしまった。

「……」

 ひとりになると、考え事をしてしまう。もう、風羽くんのことで頭がいっぱいだ。これじゃあ、彼の顔をまともに見れなくなっちゃうよ……。

「……でも」

 そっと呟く。
 でも、やっぱり有り得ない……よね。風羽くんが、あの日の男の子だなんて。

 氷塚さんに言ったことは、紛れもなく本心だ。
 風羽くんが思い出の男の子なら、少なくとも私が名乗った時点で分かると思うし。

 ――でも。私がそうであるように、風羽くんも相手の子の顔や名前が分からないんだったら。もしかしたら。

 ……って。なに『そうである理由』を探してるんだろう、私は。

「――!」

 そのとき。また後ろから視線を感じて、湯だっていた熱が一気に冷えた。
 勢いをつけて振り向いても、そこに怪しい人は誰もいない。

 ――こわい。

 急激に恐怖心が湧いてきて、私は自分の足ががたがたと震えるのを感じる。

 はやく、帰らなきゃ。

 この前、響界でも視線を感じた。だから、帰っても意味がないかも。
 そう思ったけれど、響界には警察機関であるガーディアンもいるし。叔母さんや、知っている人がいる。きっと、こうやって外に一人でいるよりは良いはず。

 そうと決まったら、はやく帰ろう。

 深呼吸をして。勇気を振り絞りながら、心の中で三つ数える。そして、一直線に響界まで走った。


「はあ、はあっ……」

 なんとか無事に響界までたどり着いた。女神像と、ステンドグラスから入ってくる綺麗な夕焼けにホッとする。

「おやおや、大丈夫かい?」

「なにかあったの?」

 気が抜けて、ふらふらと崩れ落ちてしまった私に、傍にいた祈り人の人達が駆け寄ってくれた。

「大丈夫? とにかく、手近な場所で休みましょう」

「は、い……すみません」

「いいのよ」

 にこりと笑顔を浮かべてくれて、とても安心した。

 それから。祈り人のおば様達は、食堂で一緒にお茶を飲んでくれた。時おり視線を感じることを話すと、それは身内やガーディアンに話しておいた方がいいと助言される。

「心配されるかもしれないけれど、もし何かあったときに『なんで自分に話してくれなかったんだろう。自分のことを信頼してなかったのか』って思われたら、お互い悲しいじゃない?」

「……はい」

「もちろん、何事も起こらないのが一番ではあるけれどね」

 おば様の言う通りだ。この後、叔母さんにちゃんと話そう。そして、ガーディアンにも通報しないと。私の他にも、同じような目に遭っている人がいるかもしれないし。
 私がそう伝えると、おば様達は嬉しそうに頷いてくれた。


 それからは、雑談が続いて。和やかな時間が、ゆっくりと流れていくのを感じていた。

「そういえば。あなたに、『あの』風羽君が指導役につくと聞いたのだけれど、本当?」

「え? は、はい。そうです」

 突然、風羽くんの話題を振られて。さっきの熱が戻ってきてしまう。顔を隠すようにカップの紅茶をあおる私を気にすることなく、おば様達は続けた。

「いえね、大変だろうなと思ったのよ」

「あの子、誰に対しても、ね。……ああだから」

「そんな……風羽くんは優しい人ですよ」

 熱がちょっと冷めて、私はいくらか冷静になる。というのも、おば様達の言い方にちょっと悲しくなってしまったから。
 風羽くんが問題児みたいな言われように、何だか嫌な気持ちになっていた。

「でもねえ。今までは彼を指導役になんて話、なかったのよ。だから雨木さんも、いくら身内だからって贔屓しているんじゃないかとか言われていたけれど。今更ねぇ……」

「え!? 雨木さんと風羽くんが、身内って」

 私の反応に、おば様達は驚いた顔をして。お互いに顔を見合わせた。そして、三人の内ひとりが教えてくれる。

「ああ……知らなかったのね。そうよね、まだ来たばかりなのだから無理はないわ。

 雨木さんは、風羽君の伯母さんなのよ。確か父方の親戚って言ってたかしら」

 雨木さんが、風羽くんの伯母さん。――そうか、だから。

『出来れば、彼と仲良くしてあげてね』

 昨日の朝、ああ言って。あんなにも、切なげな顔をしていたんだ。
 風羽くんが、誰に対しても心を開かないのを憂いていたのかも。

 ということは、昨日のあの言葉も。

『そういう訳にはいかないわ。だって私は』

 ――だって私は、あなたの伯母さんだもの。
 たぶん、そう言おうとしてたんだ。

 ……でも、それに対して風羽くんは。

『――『雨木さん』。僕とあなたは、家族でも何でもありません。あなたに、保護者になって欲しいと頼んだ記憶もない。

 ……僕のことは、放っておいて下さい』

 そう、答えてた。
 家族でも何でもない、だなんて。血が繋がっているのに、悲しすぎる。

 私は、自分の叔母さんのことを思い出す。変わってるし、ちょっと破天荒なところもあるけれど。とても家族想いの、優しい人だ。だから私は、叔母さんのことが大好き。
 ……でも、風羽くんにとっての伯母さんである雨木さんは。決して、そういう存在じゃないんだ……。
 いくら私の家族とは事情が違うとはいえ、血の繋がった人を赤の他人扱いしてしまうなんて。ひたすらに――寂しい、と思った。

「別に隠しているわけじゃないんだけど。普段は雨木さんも風羽君も、お互いのことを名字で呼んでるのよね」

「まぁ、風羽君も色々とあったんでしょうけどねぇ……。なにせ、八年前から親元を離れてここに暮らしているわけだし」

 八年前。また、その言葉が出た。

「風羽くん、八年も前からここにいるんですか? お父さんやお母さんは……」

 ――空気が、凍りついた。明らかに、触れてはいけないものに触れてしまった、そんな冷たさ。
 おば様達は再び顔を見合わせる。何かを示し合わせるような、そんな間。

「……それは」

「……ごめんなさいね。そこまでは、私達の口から話せないわ。中途半端なことを教えてしまって、本当にごめんなさい」

「……そう、ですか。……私の方こそ、すみません。色々と教えてくださって、ありがとうございました」

 少しだけ、分かった代わりに。分からないことも、いっぱい増えてしまった。


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