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絵描きな僕とオタクな先輩。
もうひとつの秘密

…と。その時、先輩の取り巻く空気が変わった。それは今までのような穏やかなものではなく、ぴんと張り詰めた糸のよう。
先輩は素早く立ち上がる。と同時に、先輩の右肩にちょこんと座る小人が現れた。

「我が主」
「ああ」

淡々と喋るその小人が、僕が先輩のもうひとつの秘密を納得せざるを得なかった要因。
手のひらに乗るほどの小人と言っても、その顔つきや声色は成人男性のそれ…誰の目から見ても異質な、この世にあらざるものだ。

「発生地点は…近いな。また裏山か」
裏山。その単語に僕は反応する。

校舎の屋上から見る裏山には沢山の木々が鬱蒼と生い茂っており、全体が見通せないようになっている。
その為か、生徒達の怪談の種によくされているのを耳にするのだが…。

僕が思考する間も会話を続けていた先輩は、小人にひとつ頷くと僕の方を向き。

「後輩君、行ってくるよ。どうか冒険に出る夫を見送る妻のように、私の無事を祈っていてくれ」
「馬鹿な事を言ってる暇があったら、早く片付けて来たらどうですか?」
「むう、君は本当にノリが悪いな。まあツンデレだから仕方ないか。その言葉も『早く帰って来て下さいね、先輩…じゃなきゃ、僕…』という意図のものと受け取ろう」

…はぁ。思わず溜め息が出た。

僕の様子に、なおも先輩は口を開こうとしたが、小人に急かされるとしぶしぶ『準備』を始める。

先輩は首に提げているペンダントを制服の下から取り出し、鎖の先に付いた水色の石を手のひらに乗せた。

「…」
僅かに、先輩の口が動く。言葉を紡いでいるように見えるが、距離が近いというのにそれが何かは全く解らなかった。
そうしている内に、水色の石は同じ色の光を纏う。同時に先輩の肩の小人も光を放ち始める。

「…」
先輩の口の動きが、唐突に止まる。すると、二つの光は先輩の身体を一気に覆い隠した。

…何度見ても、この光景は慣れない。
僕の目が、心が、非日常的なこれらの現象を否定しようとしているからだ。

やがて光は消え失せる。その中にいた先輩の右腕には、大きな輪に括り付けられた鍵束がくるくると静かに自己回転していた。
鍵束自体の形状は見た事があるのに、目の前のそれは明らかに僕の知る鍵束ではない。つまりは普通ではなかった。

鍵束だけではない。今は先輩の姿すら、先程までとは多分に違っていた。
この咲守(さきもり)高校の制服とは違う、先輩が幾度となく見せて来たゲームにでも出て来そうな黒の衣服に長い羽衣を纏い、さらには髪や目の色まで水のような碧色に変化している。
そんな先輩の姿は何度か見ているけれど、やっぱり僕は慣れない。慣れる日は来ないだろう、と思う。

「一の鍵、『水鏡』」
先輩が短く言葉を発すると、鍵束が意思を持っているかのように回転を止め、十ある鍵の内のひとつが先輩の目の前で光り出す。

瞬く間に光は線を引き、筆で絵を描くようにして教室の窓に丸い輪郭を描き出した。
描かれた円、水面のように揺らめくその向こうには『泡沫の景色』が見える。
少しの衝撃を与えれば、泡の如く消えてしまいそうな…。

「後輩君、ではな」

行ってくるよ、と。
再び先輩はそう僕に告げると、小人とともに水鏡の中へ飛び込んで行った。


――清流の色に染まった髪を、僕の目の前に靡かせながら。



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