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絵描きな僕とオタクな先輩。
素直な答え


「――……中学卒業が近付いていた頃。主は、罪を犯した」

「……え」

『罪』、という予想だにしなかった単語に僕は目を見開く。玄武の声は次第に静かな、けれど激情を湛えたものへと変わっていった。


「その時期、あの姉弟の家庭環境は最悪だった。そして主は、自分の使命よりも目の前の友人を優先し――結果、出現していた魔我を見逃してしまったのだ」

魔我と呼ばれるモノは、放置していると表側――僕達がいるこちら側だ――の人間に悪影響を及ぼすらしい。時に、人の心までも惑わしてしまうのだと。

明日葉先輩は、そんな危険な存在を放置してしまった。玄武は詳しく言わなかったけれど、あの姉弟というのは逆人君と直子さんの事だろう。

目の前にいる友達を優先して――祓うべきモノを、無視した。
その魔我はそれから無事、他の魔我祓いによって退治されたようだけれど……明日葉先輩の行いに、本家の人達は酷く嘆いた。

――そして……明日葉先輩を、厳しく罰したという。


「目の前で何が起こっていようとも、魔我が現れれば魔我祓いは動かなくてはならない。本家の人間の方針はそうだった。

――よって、主は裁かれた。二年もの間、『人と関わる事』を禁じられたのだ」

人と関わる事……それは抽象的な表現で、でもだからこそ、その範囲がとてつもなく広く感じられた。

明日葉先輩が罰を受けていた二年間、それは――今年の三月まで。……何の因果か、その一カ月後が僕と明日葉先輩が出会った時期だった。


「もう、主の罰は解かれている。だが、主は以前のように人と積極的に関わる事はなくなった。……何故だか分かるか?」

「……いや」

「主は、…………」

「……?」

「……これは我が話せる程度を超えていた。忘れろ」

忘れろ、か……。もしくは明日葉先輩に直接聞くしか、僕に残された道はないみたいだ。


玄武は一息吐いてから、再び僕を厳しい眼差しで見据えて。


「……貴様は、主と関わる気があるのか?」

そう、告げてきた。


「……」

……僕は、ようやく玄武の内面を知った。この人ならざる者は、明日葉先輩をとても大事に想っているのだという事を。

玄武が纏う雰囲気は真剣そのもので、不用意に近付けばまるで刺されてしまうような、そんな恐ろしさを僕に感じさせた。


――だから、僕も真剣に考える。玄武の問いに対する答えを。――明日葉先輩の事を。


人と関わりたい、素でいたいのにいられない、なのに生まれがそれを容易く許してはくれなくて。

二カ月間、僕は明日葉先輩と接してきた。けれど、やっぱり僕は明日葉先輩の事をなにも知らなかったんだ。
『彼女』の件が心にずっとあって、自分の事で精一杯で。明日葉先輩の言っている事も、戯れ言としか捉えていなかったから。

玄武はきっと、それに前々から感づいていたんだろう。だから今、明日葉先輩のいないこの時に、僕にその問いをぶつけてきたんだ。


「――……僕は。明日葉先輩の事を、もっと知りたいと思う」


――僕は、素直な気持ちを伝える。今までみたいに一方的な契約関係ではなくて、ちゃんと明日葉先輩の事を知って、明日葉先輩の事を考えていきたいと思った。


「……」


玄武は僕の答えに、何を思っただろう。僕の言葉が本心からのものか探るように、じっと見つめて。


「……ならば、これから我の言う地へ向かえ。

――主の元へと」




僕はその後、玄武の案内に従い――明日葉先輩の家へと辿り着いた。
明日葉先輩は、住宅街や商店街から離れた場所にある、小さな一軒家に住んでいたらしい。……そう、これも知らなかった事だ。

『小さな一軒家』とはいっても、女子高生ひとりが住む家としては広すぎるようにも感じる。というよりは――なんだか寂しい感じがする、と表現するのが正しいかもしれない。

……人と関わりたいと思っていた明日葉先輩の、孤独な一面を知ったから。だからそんな印象を抱いたのかな……。


「……それで、着いたはいいけど……当然、鍵が閉まってるよね」

どうするんだと玄武を見れば、特に焦った様子はなく。「暫く此処で待っていろ」と言い残し、玄武はドアをすり抜けて家の中へ入って行ってしまった。


「……」

待っている間、僕はどうしようもなく空を見上げる。雲ひとつない、爽やかな青空。……それは大好きな空で、凄く綺麗なはずなのに。素直にそう思えないのは、明日葉先輩の事で頭がいっぱいだから……だろうか。



「……!」

その時、ガチャリとドアが開き。中から出てきた人に、僕は目を見開いた。


「……こんにちは、そして初めまして、土浦櫂斗さん。

私(わたくし)は遠山榎奈子。――明日葉の、母です」


腰に届く程の、長く艶のある黒髪を束ねたその人が。

明日葉先輩のお母さんである、榎奈子(かなこ)さんだった――……。



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