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絵描きな僕とオタクな先輩。
まさかの来訪者


放課後。僕はいち早くいつもの教室に向かい、明日葉先輩を待っていた。いつものように、スケッチブックに絵を描きながら。


「……」

けれど……それから一時間が経過しても、明日葉先輩は姿を現さなかった。
待っている間は落ち着かなくて、何度も扉を見たり、教室内を歩き回ったりしていたけれど、一向にやってくる気配がなく。僕はひとりきりの教室で、途方に暮れていた。


「学校を欠席したのかな……」

そう呟きながら、もう何度となく開いたり閉じたりを繰り返していた携帯を見る。問い合わせしても、新着メールはなかった。


もし学校を欠席したとしても、明日葉先輩がそれを誰にも伝えないとは考えにくい。
……やっぱり、メールが打てない状態に陥っているとか? 左手の麻痺は一時的だから大丈夫とは言っていたけれど、思っていた以上に酷かったとか?
色々な可能性は考えられる……でも、答えは出ない。

ここであれこれ推測していても仕方がない。もしかしたら、欠席連絡が学校の方に入ってるかもしれないし……聞いてみよう。
明日葉先輩の担任が誰かは知らないけれど、桂木先生に聞いてみれば教えてくれるだろうし。

よし。
僕は出していたスケッチブックやらを鞄に突っ込み、教室から出ようと扉に手をかけた……――その時だった。


「――待て」

「!」

僕の背後から声が聞こえた。今まで誰もいなかった教室に突然現れたのは、明日葉先輩といつも行動を共にしている小人もとい――玄武だった。

「何処へ行くつもりだ?」

僕が振り向くと、ふわふわと宙を舞う玄武は不機嫌そうに眉を顰めながら問いかけてくる。
明日葉先輩の事が気になりつつも、僕は玄武に今から何をしようとしていたか説明をした。

すると、玄武は苦虫を噛み潰したような顔で。


「我が主は……今日、風邪をひいたという理由で休んでいる」

「という理由で、って……」

「貴様も知っているだろう。……主の左手の事だ」

つまり、風邪っていうのは学校側への嘘だって事らしい。本当の理由はやっぱり、昨日の左手の麻痺が関係していると玄武は教えてくれた。


「主の左手の麻痺は、実際には呪いの類だ。長時間放置していると、全身が麻痺し動けなくなる」

「……! そ、それって……じゃあ今、先輩は!?」

「……安心しろ。本家にいる主の母上が今、主の元で解呪の法を行使している」

「そうか、それじゃあ……って、……本家?」

「……主は、魔我祓い(マガバライ)の一族の内のひとつである遠山家の人間だ。本家とは、そういった魔我祓いの一族が集まる地」

魔我と呼ばれる、この世の裏側に属するモノを祓う。……それが、明日葉先輩が生まれた頃から与えられていた『仕事』もとい『使命』だと、玄武は言った。

――今まで明日葉先輩から聞く事のなかった、明日葉先輩の家庭事情。それの片鱗を、玄武は僕に話した。

明日葉先輩が僕に話そうとしなかった事を、あの人がいない今、玄武が教えてくるなんて。……なんだか、少しおかしい気がする。


「……どうして、そんな話を僕に? しかも今、明日葉先輩がいないこのタイミングで」

「……」

単刀直入に聞いてみると、玄武はしかめっ面で口を噤んだ。
……話したくないという事なのだろうか?

「じゃあ、質問を変えるけど。……明日葉先輩は、本当に大丈夫なの?」

「……ああ。あと三日後には、普段の生活に復帰できるだろう」

「……そっか。……良かった」

僕は胸を撫で下ろす。と、そのとき玄武の目つきが一層鋭くなったのを感じて、思わず目を合わせた。
……玄武と話した回数なんて片手で数えられる程だったし、ここまで長くしゃべっているのを見るのも初めてだけれど。その眼差しは、僕に対して物凄く大きな不満があるのだと、容易に想像がつくぐらい厳しいものだった。

「な、……なに?」

自分よりも遙かに小さい、手のひらサイズの小人。でも僕は、そんな玄武の無言の威圧に少なからずたじろいだ。
玄武はしばらくの間、僕をじっと凝視して。


「――……貴様は、主に普段通りの生活に戻って欲しいか?

……自分を偽りながら学校に通い、『いくらでも代わりのいる使命』に身を焦がす生活に」

「……!」

その声には、とても濃い――怒りの色が混じっていた。


「我は、主が物心ついた時より主と共にいた。だから知っている。

主はいつだって言っていた。『――自分は遠山家の使命の為だけに生きているのではない、ただの明日葉としても生きていきたい』と」

明日葉先輩は、生まれながら課せられた自分の使命を否定はしなかったという。それを受け入れた上で、ただの人間としても生きていたいと。

だから、明日葉先輩はそれを体現するように……人と自由に関わっていたんだ。――中学生の頃までは。



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