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絵描きな僕とオタクな先輩。
不自然な事


――逆人君と氷尽さんのデートを、明日葉先輩や直子さんとともに出歯亀した次の日。

月曜日である今日、僕はいつも通り登校していた。

「櫂斗」

――と、廊下を歩いていたら声をかけられる。……逆人君だった。


「昨日は世話になった。直子もありがとうと言っていたぞ」

「え、あ、うん。……でも、僕は特になにもしていないし……あれこれやっていたのは明日葉先輩だと思うし、そんなお礼言われるような事は何も……」

「いや、それは違う。明日葉さんについていく形だとしても、大して関わりのなかった俺達の為に行動してくれたのは事実だ」

行動した……といっても、本当にただ明日葉先輩に従っていただけなんだけれど。逆人君はそれでも、僕にも感謝していると言い続けた。


「櫂斗、明日葉さんにもよろしく言っておいてくれ。俺や直子が感謝していたと」

「え? よろしくって……直接言わないの?」

僕がそう問いかけると、逆人君は複雑そうな顔になって「前に約束したんだ。学校では、なるべく接触を避けるようにと」、と説明をしてくれる。

どうやら、学校で話したい時は『お互いの合意の上、人気のない場所で』というのを約束しているらしい。前に廊下で話していたのは、氷尽さんが明日葉先輩に偶然ぶつかってしまい、その流れで話したという事だった。

学校内での接触を避ける理由、それを明日葉先輩は『学校では素を出したくないから』と言っていたみたいだ。


「昨日、夜遅くになっていたからメールをしたのだが、返信がなかったんだ。明日葉さんが返信をしないなんて、珍しい事もあるものだと思ったが……昨日の今日だからな。何か不快な思いをさせたのではないかと、正直……不安なんだ」

え? 明日葉先輩から返信がない?
……それは確かに珍しいかもしれない。

――そういえば今まで、僕は自主的に明日葉先輩へメールを送った事がなかった。いつもメールのやり取りの始めは明日葉先輩からだったんだ。

明日葉先輩は元々話すのが好きだけれど、それはメールでも同じらしく。長文は受け取れないって言ってるのに、長々と語っているメールが何度来た事か(僕の古いケータイでは、当然文章は途切れてる)。


――その事を考えると……明日葉先輩が返信をしないなんて凄く珍しい。というか、不自然だとすら思う。


「お前は明日葉さんと毎日会っているんだろう? 経緯は知らないが、……少し羨ましい、と思う」

「……え?」

「お前には、いつだって素を見せてもいいと。……明日葉さんがそう思っている、という事だろう?」

……それは……少し違う……と思う。

明日葉先輩は、本当はいつだって素を出していたいんじゃないかと僕は思っているんだ。だって、あんなにも強い我を隠して毎日生活するとか……恐ろしくフラストレーションが溜まりそうだし。

それに、明日葉先輩が素を隠しているのはひとえに『目立たないように』する為。自分の仕事の妨げにならないように、『目立たない地味な生徒』を演じているんだから。逆人君が言うような、僕だけを特別視しているのとは少し違……いや、それももしかしたらあるのかもしれないけど。


「……でも、その、逆人君。明日葉先輩は……その。別に君や直子さんの事を悪く思っているとか、そんな事は全然ないと……」

「ああ。それは分かっている」

明日葉先輩の仕事の件を隠した状態で、どうにか誤解を解こうとしたんだけれど。まとまりのない僕の言葉に、逆人君は至極あっさりと応えた。


「正直、今までは距離を感じていた所もあったが。……昨日の件で、明日葉さんは全く変わっていないという事がよく分かった。寧ろ、俺達の仲を心配してくれていたのだと」

――良かった。
逆人君の言葉を聞いた瞬間、僕はひどく安堵していた。逆人君や直子さんの事を、明日葉先輩が大事にしているのは最近のやり取りでよく分かっていたから。

……けれどそれからすぐ、逆人君の顔に翳りが生じてしまう。
基本的に無表情に見える逆人君だけれど、その口から出る言葉は本当にストレートだからだろうか。醸し出している雰囲気から、なんとなく感情が読み取れるようになってきた。


「――だからこそ、返信がないのが微妙に不安なのだが。忘れたか気が付いていないかのどちらかだろう……と思いたいが」


…………確かに、タイミング的に不安になるのも分かるかもしれない。でも、昨日一緒に帰る時も明日葉先輩は普段通りの様子で、逆人君達の事を悪く言っていたりはしなかった。
だから大丈夫だと、思うんだけど……――そこで僕は、明日葉先輩の左手の件を思い出す。

……利き手が満足に動かせない状態。それが今も続いているなら、メールの返信が思うように出来ないっていう可能性はないか?
とはいえ、利き手じゃなくてもメール打つくらいは出来るかもしれないけど……うーん。


僕は悩んだ末に、昨日の帰りの中、明日葉先輩は逆人君達の事を悪く言ってなかった、だから大丈夫だと伝えた。メールの返信が来ないのは、うっかり忘れていたんだろうとも。

今日、明日葉先輩に会ったらメールの件を伝える。
そう約束してから、僕達は別れた。



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あきゅろす。
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