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絵描きな僕とオタクな先輩。
先輩の望み


――でも。
僕は思い出す。直子さんと初めて会った日、先輩が僕の手を引いてくれた時の事を。

あの時の先輩の左手は、ささくれ立った僕の心を温めてくれた。その手は今、力を失っている。

温もりはきっと、そのままなんだろうけど――僕が握っても、今の先輩は何も感じられないんじゃないのか。
僕が温もりを感じるのに、それをくれている先輩が何も感じないなんて。

不公平じゃないか、と思った。


「ほらほら後輩君、この行き場を無くした手を早く救ってはくれまいか?」

ふらふらと目の前で降られる手を、僕はじっと見つめる。先輩の願いなら、それぐらいの事は今は叶えたいと思うけれど。……それだけで、いいんだろうか。

「……握るだけでいいんですか?」

「なんだ、他の事もやってくれるのか? ならば、そうだな……」

僕の問いかけに、先輩はにやりと笑う。……う、これはもしかして何か変な事を企んでいるのか?

一抹の嫌な予感に、密かに緊張していると。


「では――明日葉先輩と。これからは、私の事をそう呼んでくれ」

「……え?」

降ってきた言葉は、拍子抜けと言ってもいい程に意外なものだった。思わず間の抜けた声を上げた僕に、先輩は満面の笑みを浮かべて。


「言っただろう。私は名前で呼ばれる方が好きなのだよ」

言い、僕に力の入らない左手を押し付けてくる。……早く握れという事なのだろうか。

「……仕方ないですね」

僕は何て言ったら分からないままに、せめていつも通り先輩の無茶ぶりに呆れた振りをした。

手を握る事で、僕は先輩の温もりを感じて。僕が名前で呼ぶ事で、先輩が喜ぶのなら。それはきっと、公平なんだろう。

……もしかして、僕の考えが分かっていたからこそ。先輩は、僕に言ったのかもしれない。僕への、兼ねてよりの望みを。

考え過ぎかもしれないけれど、僕はなんとなくそうなんじゃないかと思った。


――だから僕は、先輩の左手を取って。こう言ったんだ。


「分かりましたよ、……明日葉先輩」


明日葉先輩の手は、あの日と同じ。やっぱり、温かかった。

そして僕の声を聞いた明日葉先輩の、心から喜んでいるような、今まで見た中で一番の満面の笑み。

それが僕の心に、熱を注いで。

――いつまでも、そこに残り続けた。



→To be continued...




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