絵描きな僕とオタクな先輩。 名探偵 「……そうだ」 未だ場が収束していないというのに、逆人君は何かを思い出したようにベンチの上に置いていた鞄を覗き込み、何かを掴み取った。 そして、頭を下げている直子さんの肩を叩き、一言。 「これを、直子に渡そうと思っていた」 「……え……?」 ――それは、赤い包装に緑のリボンが巻かれた箱……どこからどう見ても、プレゼントボックスだった。 「……え、な、なんで……?」 直子さんは信じられないと言わんばかりに目を見開き、逆人君とプレゼントを交互に見やった。 「逆人、今日は深緒ちゃんとデートしてたんじゃない……。なのに、どうして……」 「深緒には、女性が何をプレゼントされたら喜ぶのかを聞いた。直子にも同じ事を聞いたな。 ……その上で、俺が考えて買った」 あまり質問の答えになっていない逆人君の言葉を、氷尽さんが引き継ぐ。 「お姉さんに贈り物をしたいけど、何を渡せばいいのか分からないから協力して欲しいって……最初はそれで出かけようかってなってたんです。 ……そしたら、あたしの友達が『まだデートもした事ないんだから、この機会にやっちゃいなよ』なんてからかってきて……それで……」 「明日葉さんにも同じ事を言われたのも、後押しになりましたが。……何より、俺もそうしたかったので」 ――つまり……今日の事は、それぞれ色んな事が同じタイミングに重なって生まれたものだって事らしい。 映画館から出た後、逆人君達はショッピングモールに買い物に行っていた。直子さんへのプレゼントは、その時に買っていたのだろう。 「ほ、本当にくれるの? あたしに」 「ああ」 短い返答。でもそれは、素直でまっすぐな逆人君の、これ以上ない答えだった。 「……ありがとう」 直子さんも、それは充分わかっているんだろう。だから、逆人君から渡されたプレゼントを受け取ったんだ。 大切にされている証を、はちきれんばかりの笑顔で。 逆人君達と別れ、僕は先輩と電車に乗っていた。三人はこの機会に親睦を深めようと、もう少しあの場に留まるらしい。僕達はこれ以上できる事はないだろうと、先に帰る事になった。 僕達は吊革に掴まりつつ、窓から見える景色を眺めていた。まだ帰宅ラッシュには早い時間だからか人はまばらだ。 「……」 僕は先輩をちらりと盗み見る。先輩の眼差しはどこか遠くを見るような、あまり見ないものだった。 ……あれ、そういえば。視線を先輩の顔から下に移動した時、僕ははたと気付く。 「……先輩って、左利きでしたよね」 「ん? ああ、そうだな」 左手を凝視している僕に、先輩は「どうしたんだ」と笑いかけてくる。その笑顔はいつも通りのものだったけれど、僕は何だか引っかかりを覚えた。 「ちょっと、その左手見せて下さい」 「何だ急に。また手を繋いで欲しいのか?」 「そう解釈してもいいですから。とにかく、こっちに見せて下さい」 「……仕方がないな」 やれやれ、と先輩は苦笑しながら僕に左手を差し出す。……けれど、その手はだらんと垂れ下がっていて。力が全く入ってない様子だった。 「……もしかして……」 「ああ、そうだよ。全く、まさかバレてしまうとはな。後輩君、やるじゃないか」 ……何で、こんな風に笑っていられるんだろう。僕はそう思った。 さっきファミレスで席を外した時。先輩は、自らの『使命』こと『仕事』を行っていた。 僕達が契約関係を結ぶ原因にもなった、先輩の仕事。それは、人ならざるモノを祓う事だ。 曰く、左手の麻痺は少しの判断ミスから受けた攻撃によるものらしい。詳しい事情は語らなかったけれど、一時的なものだから安心していいと先輩は笑った。 「それにしても。どうして分かったんだ? 直子にもバレなかったし、隠し通せると思ったのだがな」 「さっき、逆人君達の前に姿を現した時ですよ。先輩は直子さんの手はちゃんと握っていたのに、僕には左腕を回してわざわざ担ぎ上げていたじゃないですか」 ……それに、今だって先輩は右手で吊革を掴んでいて。左手は力なく下げられていた。だから、もしかしてと思ったんだ。 その事を伝えると、先輩は一瞬だけ驚いたように目を見開いたけれど、すぐに笑顔になって。 「ほう、まるで名探偵だな。そんなに私の事を気にかけてくれるとは……これは喜ばしい」 「って、どうして左手を僕に押し付けてくるんですか」 「何を寝ぼけている。手を繋ぎたいとさっき言っていたではないか」 「……」 そう解釈してもいいと、確かに言ったけど! 乗り気じゃない僕を、先輩は悪戯が成功した子供のような目を見てくる。……あれ、僕はもしかしてハメられたのか? [*前へ] [戻る] |