絵描きな僕とオタクな先輩。
素晴らしい事
「逆人はね……。一時期、食べ物を全然食べられなくなった時があったの」
「え……」
「その影響で、今でもかなりの小食でね。……食事をする時、勇気を出さなきゃいけないのよ」
「……」
そういえば、思い出した。
この前、学校で先輩がケーキを出した時。逆人君は不自然なほどにそれを凝視していた。その様子が、何だか印象的だったんだ。
「……だい、じょうぶ?」
「……ああ。……深緒がつくってくれたものだからな。……俺は大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように、そう言って。
逆人君は「いただきます」と箸を手に取った。
「…………」
固唾を飲んで、僕達は逆人君を見守っている。
逆人君は暫く、じっとお弁当を見つめていたけれど。やがて意を決したように、弁当箱に入った唐揚げを口に運んだ。
「……」
ゆっくり、静かに逆人君は咀嚼して。そして飲み込む。
不安げに自分を見る氷尽さんと視線を交わした逆人君が、小さく呟いた言葉は。
「――旨い」
「……! ほ、ホントっ!?」
「ああ。俺は嘘を吐かない」
逆人君の言葉に、氷尽さんは泣きそうな顔になって。
「……そうね。……そうよね……!」
でも、その表情はすぐに笑顔に変わった。事情を深く知らない僕から見ても、逆人君が食事できたのはとても喜ばしい事なのだろうと分かる程、その色は明るかった。
「……良かった……」
「ああ。そうだな」
感極まったのか、涙を流す直子さんの肩に手を置いて。先輩は、優しい眼差しを逆人君達に向けていた――……。
逆人君はその後もお弁当を食べ続け、しっかりと完食した。
「……よし」
「……先輩? 一体なにを」
食事を終え雑談を始める二人を眺めていたら、唐突に先輩は声を上げる。
……先輩が突然なにかしらの行動をし始めた時は、何かを企んでいるんじゃないかと思ってしまう。実績が多過ぎて。
「明日葉? どうしたの?」
ちょっと嫌な予感がするんだけど、いやまさか。こんなタイミングで変な事しでかさないよね? 大丈夫だよね?
――まあ、やっぱりというべきか。僕の考えをたやすく飛び越えるのが、先輩が先輩たる所以なのだろう。
うん、つまりはそう。先輩は、『やらかした』。ばっちりやってくれました。はい。
「――やあやあ! こんな所で会うなんて奇遇だな!」
「!!?」
先輩は……ずっと隠れていた生け垣から勢い良く立ち上がり、逆人君達にしっかりはっきり大きな声で挨拶してくれた。――片や右手で直子さんの手を握り、片や僕の腕を左腕で挟み込むようにしながら、無理やり持ち上げてきた。
「ちょ、明日葉?! なにしてんのっ……!」
「直子……? そんな所で何をしているんだ?」
「うっ、それは……その、ホント偶然でね、決して逆人達をずっと見ていたわけじゃないのよ? ホントに!」
……。直子さん、わざとやってませんよね?
ああ……どうしよう。氷尽さん、顔真っ赤にしてすんごく恥ずかしそうにしてる。……そりゃそうだよね。
「……ずっと見ていたのか?」
「いや、えっと、そのぉ……」
「……直子。嘘は吐かないでくれ」
「……はい。ずっと見てました……」
「ごめんなさい」、と直子さんは逆人君達に頭を下げた。僕はどうしたらいいのか分からなかったけれど、罪は明らかなので謝る。……先輩はなぜか誇らしげに仁王立ちしていたので、無理やり謝らせた。
「本当にごめんね。逆人も、深緒ちゃんも」
「い、いえっ……」
氷尽さんは慌てた様子で、直子さんに「顔を上げて下さい」と言っているけれど。逆人君はマイペースに僕達を見回して。
「今日の事、直子に話したのは明日葉さんですか?」
「ああ」
「……いつから見てましたか?」
「最初からだ!」
なんでそこで胸を張るのかなこの人は。
「どうだ、直子に充分な程ラブラブオーラを見せつけた気持ちは!」
なんでこんな偉そうなのかなこの人は。
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