絵描きな僕とオタクな先輩。
好きか、それとも
「はっ……?!」
直子さんの言葉に僕は思わず大声を上げてしまい、周囲からの痛い視線に萎縮するハメになった。
行き場を無くした両手をコップに添えて、僕は一気に水を呷る。そうして、微妙に熱くなった体温を冷やそうとした。――結局、あまり変わらなかったけど。
「あ、あの? 何かまた勘違いしていませんか? 僕は先輩とはそういった方面のお付き合いはなにもありませんし、そうなる予定もありません」
「あれ、そう? でも明日葉、キミを攻略するーってよく言ってるけど」
「……確かに、それはよく言ってますけど」
「だったら、明日葉はそうなる気があるんじゃない? 後輩くんの気持ちはともかくとしてさ」
…………。
「んー、じゃあ。……後輩くんってさ、好きな子がいるの? それだけ必死に否定するって事は、好きな人がいるかツンデレなのかしか理由が見つからないもの」
「……。ツンデレじゃないですし、……好きな人もいませんよ」
「えー、そうなの?」
あまり信じてなさそうな声を上げる直子さんだけど、僕はそれ以上なにも言わなかった。……ボロを出しそうだったから。
『好きな子がいるのか』。そう聞かれた時、僕は思わずどきりとして。そして、すぐさま誤魔化した。
『――櫂斗くん』
僕は、……未だに『彼女』の事を引きずっているんだろう。こうやって思い出すのは、そういう事だ。
――でも。
……今でも、僕は『彼女』が好きなのだろうか……?
「ただいま」
「あ、明日葉。おかえり。遅かったねー」
「先輩……」
と、考え込みそうになっていたその時、長らく席を外していた先輩が帰ってきた。
そうして、直子さんとの会話は自然と終わりを告げ。僕は密かに安心したのだった。
それから間もなく、逆人君達は映画館から出て来て。僕達もそっと後を追いかけた。
逆人君達はその後、駅前のショッピングモールを練り歩いて買い物を楽しんでいた。そうしたら、氷尽さんがお弁当をつくってきたからと言って公園で食べようとなったらしい。
僕達は公園を囲む生け垣に身を潜めながら、いよいよ二人の会話が聞こえる位置にまで近付いた。
……ああ、とうとう盗み聞きまでやってしまった……いいのかな……。
僕達が見ているとは露も知らない逆人君達は、並んでベンチに座っている。……二人の間に微妙な距離があるのは、果たしていいのか悪いのか。直子さんからしたら、いいのかもしれないけども。
「深緒、疲れてないか?」
「い、いや。うん、大丈夫だけど。……活海は?」
「平気だ。……ところで、今は二人きりなのだが。名前で呼んでくれないのか」
「うっ……」
逆人君の少し寂しげな言葉に、氷尽さんは声を詰まらせる。……ごめんなさい二人きりじゃないです。
「なるほど……二人きりの時だけ名前で呼ぶ、という約束をしているのだな」
「深緒ちゃんからしたら照れくさいのかしら……でも……」
直子さんは心配そうな眼差しを逆人君に向けている。……『名字は好きじゃない』、って言ってたよな……。
「……さ、逆人……。こ、これでいいわよね! さあ、ご飯を食べるわよ!」
「ああ。出来るなら、もっと聞きたいのだが。一回でも深緒が呼んでくれて、嬉しい。……ありがとう、深緒」
「な、な、な……あぁもう! どうしてそんな恥ずかしいセリフばっかり吐けるのよーっ!」
……。何だか聞いてるこっちが恥ずかしいんだけど……。
見れば、先輩はにやにやしながら二人を眺め、直子さんは何だか悔しそうに歯を食いしばっていた。……直子さん、今にも二人の前に出て行きそうな雰囲気で何だか不安だ。
「俺は何も恥ずかしくないのだが」
「目の前で聞いてるあたしが恥ずかしいのよっ!」
「そうなのか。深緒は照れ屋なんだな」
「誰のせいだと……もうっ!」
埒があかないと判断したのか、氷尽さんは鞄から弁当箱をふたつ取り出す。
「ほら、これ……」
「ああ。……ありがとう」
……あれ。いざ食事となった途端、二人の間にある空気が張り詰めたような気がする。
考え過ぎかと思ったけれど、先輩や直子さんの表情も真剣なものに変わっていた。どういう事だろう?
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