絵描きな僕とオタクな先輩。
重要なフラグ
「……それに比べて」
またもや聞こえる、意地の悪い声。この場にいるのが三人だけなので、これは僕に向けられたものだろう。
先輩からどんな突拍子のない言葉が飛んで来るか。僕は思わず身構えた。
「後輩君は、いつになったら私の事を名前で呼んでくれるのかな?」
――……何を言い出すかと思えば。思わずそう呟いていた。大体、先輩だって僕の事を名前で呼んでいないじゃないか。それに、今まで名前で呼んでくれなんて一言も。
そう言っても、先輩は「それとこれとは別問題だよ」と言い返してくる。
「私は名字より名前で呼ばれる方が好きだから、そう呼んでくれと今言っているのだよ。…それとも、だ。君は私に名前で呼んで欲しいのか? ならば喜んで」
「お断りします」
「……むう。つまらん」
教卓の中から聞こえるくぐもった声。先輩は僕の即答に不満げに唸っていたが、やがて再び顔を出して言う。
「相も変わらずツンデレだな。いいだろう、ツンデレ攻略は時間を掛けてじっくり行うのが私好みだからな……」
「いや、やめてください。僕はツンデレとか、そういうのじゃないですし」
先輩の声が妙に不穏な響きだったので、僕は思わず強く拒絶した。
……そもそも、名前とかそういうのに先輩が拘っていたなんて。今まで呼び方になんて言及された事がなかったから、先輩が僕に対してそんな欲求があったなんて知らなかった。
「物事には順序があるように、フラグ立てにも順序があるのだよ。今回の名前・呼び方については、私と君の関係に置いて、重要なフラグ立てのひとつだ」
「……いや、関係もなにも、」
「後輩君。とにかく、私は諦めないからな」
『関係』。その単語に反応した僕の言葉を、先輩は遮った。それは、活海君がいるのに思わず契約関係について言いかけた僕を、フォローしてくれたんだとすぐに気が付く。
――…僕と先輩の、関係。活海君とのさっきの会話からまだ数分、まさかまたこの問題に直面するとは思わなかった。
…先輩は、僕との関係をどう思っているのだろう。いつもこんな風に攻略だのフラグだのとやり取りしているけれど、先輩は本当にそんな事を望んでいるのだろうか?
普段から常々疑問に思っている事を、今一度考えてみる。
「大体、君は何も分かっていない。呼称の変化…これがどれだけ大きな萌えを生み出すか、考えてみた事がないのか!?
例えば可愛い子犬を思わせる後輩系ヒロインがだぞ、『普段は主人公に対してセンパイと呼んでいるが、いざキスシーンになったら『〜〜さん』とまあしおらしく顔を赤らめて呼んでくれた時のしてやった感はハンパない!! その瞬間のギャップ萌えだけではない、自分だけが彼女のそんな表情を見ているという独占欲も満たされるという」
ああ、また始まったよ…。今日は活海君を待たせてるのに…。
内心溜め息を吐いている僕の耳に、小さな呟きがひとつ飛び込んで来る。
「……仲が良いんだな」
――…そう見えますか…。
僕はもうひとつ、心の中で大きな溜め息を零した。
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