[携帯モード] [URL送信]

絵描きな僕とオタクな先輩。
E・R・Oと聞いて、何と連想する?


――僕の目には、太陽まで届かんばかりに聳え立つ『それ』が映った。視界いっぱいに、一目ではその全体を捉える事が不可能な程に大きい、建物。


「…なんですか、これ」
「ん? 何だ、後輩君。この建物はどう見ても高層ビルじゃないか」

そんな事は分かってる。僕が本当に聞きたい事が何なのか、実際のところ先輩は理解しているのだろう。その証拠に、こちらを見る先輩はにやにやと意地悪い笑みを浮かべていた。

「………」

先輩から視線を外し、僕は再び空を――目の前に聳え立つビルを見上げる。


そこには…先輩の好きそうな女の子(目が縦長の、金髪碧眼のキャラクターだ)の絵が描かれていた。

ビルの上から下まで。

頭から爪先まで。しっかりとだ。


…僕は、嫌な予感はやはり当たっていたという現実に、溜め息しか出なかった。


「よし。それでは潜入するとしよう」
「何が潜入ですか。…後、手、離して下さい」
堂々とこの珍妙な建物に入るのに『潜入』も何もないだろうに。

僕の申し出に、先輩は不満げに目を細める。僕としては、広い町中よりも人の視線がこちらを向きやすい建物の中で手を繋ぎたくはないのだけれど。ましてや、僕と先輩はあくまで同じ学校の先輩後輩、そして先輩曰く『契約』関係でしかない。それ以上の関係ではないのだから。

「む。何だ、今までは文句ひとつ言う事なく私に身を委ねていただろう。今更何を拒む事があるのだ。大丈夫だ、痛くはしないから安心して…」
「とにかく離して下さい。早急に、今すぐ」
「…むー…」

このまま喋らせると、さらに危ない発言になりそうだったから止めた(女子高生の発言とは思えない)。
先輩は不満そうに口を尖らせていたけれど、ちらりと目的のビルに視線をやり、「仕方がないな」と呟きながら僕を解放する。
何だかんだで、早くこの中に入りたいのだろう。

「…では、行こうか」

先程より沈んだ調子で、先輩は建物の中へ入って行った。仕方なく、僕も後に続く。

…この中には、どんな世界が広がっているのだろう。
先輩の趣味はある程度は理解したつもりだけれど、かと言って完全に受け入れたかと聞かれれば僕は確実に首を横に振る。
そしてこの中にいる人達は、確実に僕ではなく先輩寄りの趣味嗜好の持ち主達だ。


「…はあ」

知らず、大きな溜め息が零れた。




「これは破狭身氏の代表作『E・R・O』。その名の通りエロゲーと見せかけて、実際はパンチラすら皆無の淑女ゲーだ。ヒロイン達の着替えシーンも無ければ主人公がヒロインを追いかけたが転んで押し倒し右掌がヒロインの胸の上に〜なシーンも無い!
サービスシーンもラッキースケベも皆無だ! しかし断言しよう、だがそれがいいッ!!
タイトル『E・R・O』の本当の意味や、ヒロイン達の生肌を頑ななまでに晒さない、その理由が明かされた時…私はあまりに巧妙に張り巡らされた伏線に号泣したものだっ!」

……。

…売られているゲームのパッケージを手に、先輩は鼻息荒く熱弁している。
この界隈では有名らしいシナリオライター『破狭身(ハサミ)』さんの作品が先輩は大好きらしく、今までよりその解説には熱が入っていた。

…うん。
これが初めてじゃないんだよね、解説。

結局この店(というかビル内部全体)は先輩の愛する淑女ゲー含む『ゲーム・アニメ・漫画専門店』だったらしい。先輩曰く全国に店舗があるらしく、今僕等がいるここが本店だとか。

先輩の目的は特に、全30階中の12階。ゲームフロアの内の淑女ゲー階(勿論、一般にはギャルゲー階)と呼ばれる場所だった。
先輩の口は減らない。よっぽど破狭身さんとやらの作品が好きなのだろう。

ただ、ひとつ言うならば…うるさい。
人の迷惑とか考えないのだろうか…と僕は周囲に目を向けてみる。
ほら、やっぱり白い目で見られ……、あれ?

「あの子、分かってる! やっぱり破狭身氏は神だよな!」
「女にも破狭身氏の良さが分かる者が居たのだな…」
「お、お近付きになりたい…語り合いたい……」

……え、何この空気。怖い。これがオタクの醸し出す空気って奴なのか?

このフロアには全く女性がいない(というか先輩しかいない)のに、性別的には僕は全く浮いてない筈なのに、何この疎外感。僕みたいな非オタクがいちゃいけないオーラ。

まだ他の階へは行ってないんだけど、他の階にいる人達もこんな感じなのだろうか?

僕は、周囲の人間どころかこの建物30階にいる全ての人間から存在を否定されているような気分にもなる。



…ああ、帰りたい。

先輩の語りをバックに、そう心中で呟いていると。



「明日葉!」


――…誰かの声がした。


[*前へ][次へ#]

16/20ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!