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絵描きな僕とオタクな先輩。
苦しいのに

「『覗くな、出て行け』と」
「…ああ、先輩に追い出されたのか」

玄武は言葉少なに理由を伝えてくる。まあ確かに先輩だって女性だし、男(と思われる人物)にトイレの個室まで同行されるのは嫌だろう。例え相手の姿が見えなくとも。
いや寧ろ見えないけれど『いる』と解る方が嫌かもしれないな。

「もしかして、普段からそう?」
「……」
僕の問いかけに玄武は再び押し黙る。今度は無言の肯定と取れた。


会話が自然と途切れ、僕は自然と空を見上げる。
元々、僕らは自分から会話する方じゃないし取り立てて仲が良い訳でもない。
先輩が間に立って初めて関係が成立する。僕らはそういう関係だった。


「待たせたな」
「あ、いえ……?」
それから間もなく、先輩が帰ってきた。けれど、声のする方に顔を向けた僕は暫く思考が止まってしまう。

まず見えたのは黒縁の眼鏡。先輩は目が悪い方じゃない。伊達?
さらに視線を下に向けていくと、解るのは先輩が『私服』に着替えているんだという事。

全体を見る。長い黒髪をポニーテールにして私服に着替えた先輩の姿は、何というか、黙っていれば深窓の令嬢という言葉が似合いそうだった。

「驚いたか?」
「え、ええ…」

普段以上に浮いている先輩の口調。
ようやく理解したのは、あの鞄が何となく重そうに見えたのは着替えが入っていたからだという事だ。
頷くしか出来ない僕に、先輩はふふんと自慢げに笑って。

「初のデートイベントだからな。私服になるべきだと思ったのだよ。まあ本来なら君にもそうして貰いたかったのだが、今回は私が突然申し出てしまったから仕方ない」
「はあ…」
「ま、眼鏡は変装用だが。同じ高校の人間に会わないとも限らないからな。念には念を入れて、だ」
用意周到なのかそうでないのか。
デートイベントという言葉には敢えて突っ込まず、僕はただ流した。というか、それしか出来なかった。

僕の頭の中には、『これから何処へ連れて行かれるんだろう』という思考しかない。

デートなどと言っているからには、それ相応? いやいや、昨日のやり取りからして(ついでに先輩の趣味嗜好からして)それはナイ。

…そもそも、デートなんて言葉は本来恋人同士が使うものだと思う。
最近ではどうやらそうでもなく、アプローチする側が異性を誘って食事なり行く事も『デート』と呼ぶらしいけれど。僕には全く理解出来ない。
一方通行な想い。相互理解の無い関係であるっていうのに、誘って相手が承諾すればデート成立? なんかおかしいと思う。

「後輩君、何ふてくされてるんだ。ただでさえ君はいつも無愛想な顔をしているんだ。たまには笑顔、スマイルすべきだぞ。君はいつも可愛いが、笑えばもっと可愛いと私は思う。というか私が個人的に見たい」
「…。さっさと行きましょう、先輩」

僕は先輩に背を向け歩き出す。ん、と返して先輩も続いて来た。

駅中の雑踏。サラリーマンやOL。中には他校の生徒も視界に映る。
ざわざわとした人々の声や、それに掻き消されそうになっている先輩の足音。そんな音達を聞きながら、僕は密かに思った。

(なんであんなに腹を立てていたんだろう)

勿論それはついさっき、デート云々について考えていた時の事だ。

あの時僕は――…先輩に話し掛けられて我に返った。
それ程までに、深く考えていたんだ。
…なんでだろう。デートという単語の使い方なんて大した問題じゃない。別に他人は他人、自分は自分でいいのに。


『――…これって、デート…だよね?』

(…ッ!)
「後輩君?」
思わず立ち止まりかけた足を無理やり動かす。その姿は後ろからは不審な動きに見えたのだろう。訝しげな先輩に、僕は「…何でもありません。転びかけただけですから、気にしないで下さい」と告げた。
「…そうか」
先輩は何か言いたそうにしていたが、追究はして来なかった。


――…どうして。どうして、こんなに。こんなに苦しいのに、些細なきっかけで『彼女』を思い出してしまうんだろう?

その答えは分かり切っていた。けど、考えたくなかった。

だから僕は、自分で自分の心を閉ざそうと努める。心の中の『彼女』を、奥底に封じ込める。


何度も。何度も。なんどでも。




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