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未来へのプレリュード
あの人との、始まり


――あの人との始まりは、今思い出してみれば何だか愉快で他愛もないものだった。


『…えぇ、と。ごめん、カロレス君、だっけ。…入ってもいいかな?』
それは十二年前の事。兄達とのかくれんぼの際、隠れ場所に迷った挙げ句焦って大人達の会合の場に入ってしまった時。
カロレスは立ち入り禁止区域である火林に勝手に行った事を燐火の祖父に咎められるのが嫌で、思わず二階の子供部屋へと逃げ込んだ。

扉を控え目にノックする音が数回聴こえた、と思えば先程の見知らぬ男性の声。既に泣き出していたカロレスは、かの男性のせいで火林に入ったのがバレた事や、そもそも人見知りの激しい性格の為に男性の声に恐怖心を抱いた。
ベッドの上で丸くなり、外界を閉ざすように布団を被る。男がびーびー泣くのはかっこ悪いと兄によく言われていたので、いつの間にかこうして人に涙を見せないようにするのが一種の癖になっていたのだ。

扉の向こうからは暫く男性の迷うような間があったが、やがてカロレスの意思は無視され呆気なく扉は開かれる。
カロレスは会合の場から全速力で逃げ出しこの部屋に直行したために肝心の部屋の鍵を掛けていなかった失態を激しく後悔するが、もはや今更だ。
無遠慮を感じさせる程に近付いて来る男性の気配に、カロレスは布団を握り締める力をぎゅっと強める。

『…えーと…出て来ては、くれない?』
困ったような男性の声。
カロレスは知った事か、お前がここから出て行けと思った。思うだけで勿論口になんか出さない。
『困ったな…ほら、君が置いていった水晶返しに来たんだけど』
その言葉に、ぴく、とカロレスの身は無意識に反応する。
火林で拾い、ついさっきこの男性のせいで燐火の祖父に取られてしまった水晶。正直言えば取り返したい、が。
『疑うならさ、こっちに顔だけでも見せてくれよ』
本当にお前が持っているのかというカロレスの心の声を読んだかのように男性が言葉を重ねた。

『…じゃあ、枕元にでもおいてってよ』
水晶をここに置いてお前は出て行けという意思を込め、カロレスは涙ぐんで掠れた声で言う。
しかし、またもこの男性はカロレスの意思を無視する。
『それは駄目』
『なんでっ!?』
男性の予想だにしない即答に、思わずカロレスは声を荒らげて被っていた布団からがばりと起き上がった。
途端、カロレスは再び後悔する。まんまと汚い大人にはめられたのだと。
それを証明するように、男性は楽しげに笑って。

『あれ、意外と元気だな』
『なにを…っ!』
怒りが恐怖心を凌駕し、カロレスは男性をきつく睨みつける。が、男性は動じた様子もなく笑みを保ったままだ。

『まぁ、泣きたい時には思いっきり泣けばいいいとおじさんは思うよ。その方がスッキリするし、…おじさんみたいに年取るとそうそう泣けなくなるからなー…』
『え』
カロレスは毒気を抜かれたように目を開く。いきなりそんな事を言い出したのも原因のひとつだが、何より驚いたのは男性が喋った内容。

(…そんなこと言われたの、はじめてだ)

今まで周囲の大人も兄も、男の子なのだから泣くなだの、おれの弟なんだから泣くなだのしか言ってくれなかったから。

カロレスは自分の中で、この男性に対する怒りも恐怖心も、すーっと潮が引いていくように自然と消えていくのを感じていた。




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