未来へのプレリュード 幸せを、計り知れない喜びを 「…あの時の俺は…本当に…どうかしていた……」 ルーの手掛かりが何ひとつ見つからなくて、焦って、最悪の結果が待っているのではないかという思いに囚われて。 燐火に、あんな身勝手な言葉をぶつけてしまった。 カイレンは燐火に謝罪する。何度となく繰り返してきた、謝罪を。 「カイ…いいんだよ。僕の右腕が無くなったのは、カイのせいじゃないし。…あの時は、僕もムキになって……カイの気持ち、実際考えてなかったし」 沈み込むカイレンとは相反して綻ぶ燐火に、カイレンは「だがっ…」と続けようとする。 「ストップ」 手で制され、口を閉ざす。 「カイは考え過ぎなんだよ。何でもかんでも、自分のせいでって思っちゃう」 思慮深いのは悪い事じゃないけれど、…カイの場合、それがマイナス方面にばかり向いちゃってる。 「十一年前のあの時から…カイが受けた衝撃や悲しみは計り知れないだろうけれど」 あまり一人で考え込まないで、僕らに話して欲しいな。 燐火はいつもと変わりない笑顔を浮かべる。 一人で考え込むな、これはあの右腕の事件が収束した際、やはり燐火に言われた事だった。 一人で悩むくらいなら、自分に相談すればいい。 『僕も、もうカイに変な誤解されたくないから、もっと自分の考えを主張するから』と言い含めて。 カイレンは心中で呟く。 (同じ事を言われた。つまり) 自分はあの時から、何ひとつ変わっていないのではないか、と。 燐火は変わった。確かに以前よりも自分の考えを主張するようになった。 ずっと付き合いのある自分はそれが解る、なら燐火の立場からすればどうだ? 自分は変われたのだろうか? 「少しずつでいいよ」 カイレンの考えを見透かしたように燐火は言う。 「少しずつ、カイの歩幅で進めばいい。そうしていつか来る未来で、理想が実現出来ていればいいと思うよ」 「…」 燐火の言葉に、カイレンは酷く救われる気持ちになる。 「…ね?」 「…ああ。そうだな」 自然に、笑みが零れた。 「それでね」 燐火は先程の話を再び持ち出す。 「ちょっと前の話。僕がカイと一緒に旅に出た理由」 「ああ」 「…僕も…後悔してるんだ。僕は結局、カイ達を見ている事しか出来なかったから」 カロレスがルーを嫌っていた事も、カイレンがその事で頭を悩ませていた事も、全部知っていた。理解していた。 だというのに、自分は何も出来なかった。 気付いた時には、もう全てが手遅れになっていたのだ。 「カイはあの時、僕の事をいつもヘラヘラして…って言ってたけれど…実は結構耳に痛かった言葉で」 自分がカイレンの旅に同行すると申し出たのも、もう見ているだけの自分が、見送る事しか出来ない自分が嫌だったから。 変わりたい、と強く願ったからだった。 「だけど、結局変わって無かったんだって…カイに指摘されて気付いた」 「…だが、もうお前は変われている」 「そう思うなら、…カイ。僕は僕の歩幅で歩いて来て、結果変われたんだと思う」 …だから、やっぱり自分のペースで進んで。思い詰め過ぎないで、…ね? 「…ああ。…燐火には叶わないな」 「そんな事無いよ」 再び二人は笑い合う。 やがて燐火は椅子にもたれ天井を見上げながら言った。 「ほんっとうに、…どうしようか」 まず第一声は何だろう。「久しぶりだね」? それとも「おはよう」とか? 会おう会おうって今までやって来たのに、いざ再会したとなったらどうしたらいいか分かんないよね。 燐火は先程までとは一転、まるで小さな子供のようにはしゃいだ声で言った。 過去に対する罪の意識をカイレンに話した事で、幾分か気持ちが楽になったのかもしれない。 ルーと再会出来た事の喜びが、声色に滲み出ていた。 「そうだな…」 カイレンの心も自然と弾んだ。 世界は未だ、いやこれから更に混沌とした事態に見舞われるかもしれないけれど。 こちら側の被害は甚大で、今後どうすればいいかも分からないけれど。 今は、この幸せを噛みしめていたかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |