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未来へのプレリュード
遺言


「やめてぇぇえええぇぇえええええええっ!!!」

「ッ!!!」




――白昼夢か走馬灯のように訪れた、白の世界。
遥か後方から聞こえてきた少女の悲鳴。その悲痛な叫びがリウェルゥを目覚めさせた。

今の声は?
それに…

(まだ…生きているのか?)
頭上に突きつけられた剣が発する、重々しい気配。
しかしそれはいつまでも、自らの身を裂く事は無かった。
自分は生きているのか? これは夢じゃないかと疑わしくなる程に、不可解な瞬間だった。

「…グッ、…く、そ……なんで…」
頭上から声がする。
リウェルゥを刺そうとした人間の物だった。
「…カロレス…?」
カタカタと身を震わせ、苦悶の表情を浮かべるカロレス。
今までとは違った弟の様子に、カイレンは我を忘れて見入った。

あと少し、ほんの少し、力を込めれば。
そうすれば、目の前の人間にとどめを刺す事が出来るのに。
だというのに、カロレスはリウェルゥの頭上すれすれでそれを止めた。
震えながら、自分の行動が信じられないと言った様子で、自らの腕を見つめていた。

「……っ…」
この間に、リウェルゥは何とか敵から距離を置こうと身を引きずらせて後退した。
リウェルゥを襲わんとしていた凶刃は、彼が攻撃の範囲外になってからようやく動き出した。
地面に突き刺さる結果となったそれを、場の人間は茫然と見る。
カロレスはぐったりとした様子で、剣に支えられて何とか立っているように感じられた。

「………た、」
「…?」
「……た、のむ」
まるで喉を締めつけながらに発されたような、がらがらに渇いた声。
リウェルゥは目の前の人間の様子が変わった事に、不信感を募らせた。

「…たのむっ、……先生、カイ」
「「!!!」」
まさか、いや…そんな筈は。
二人にとって懐かしい呼び名を呼ぶカロレスは、顔を上げる。

そこには、今まで感じていた邪気などない、彼本来の持つ顔が、表情が、あった。

「まさか、お前はっ…!!」
「おねがいします…先生。にげてっ、ください……翠達を、つれて…はやく」
ぼろぼろと涙を零し、カロレスはそう懇願した。
震えながら、崩れ落ちそうになりながらも、カロレスは踏みつけていたカイレンから足をどけ、重ねて「はやく…はやく…」と呟いていた。


「「カロレスッ!!」」
「カロレスさんっ!」
そして、届いた声は彼の家族のもの。
駆け寄って来るそれらに、リウェルゥやカイレンは目を見開く。
「お前ら…」
「来るなと言った筈だッ! 何故来た!!」
「…すみません…でも…」
そう断り、やってきた四人の内の一人、レイサーは手にしていた灰色の石をカロレスに向けた。
石から発される二筋の光。その内の一つは、完全にカロレスを射していた。
いや、正確に言えば、カロレスの右胸を指し示していたのだ。

(あそこにルシアンが居るという事は…)
ルシアンの契約者と、カロレスの癒着部分。
それが右胸だという推測が、リウェルゥの頭を過ぎった。
カロレスの身体を乗っ取っている者達を追い出すには、その癒着部分を攻撃すればいいのでは?

しかし、左胸…心臓部分で無いのは幸いだが、…右胸にしろ傷つければカロレス自身へのダメージが大きい。
彼は天使ではない。混血とはいえ、潜在能力を封印した今では、その力は限りなく人間に近いものだ。
悪ければ、助ける前に死んでしまう可能性も…。

「カイレンさん、リウェルゥさん、すみません…身勝手なことをして」
「でも、…ルシアンに近い存在が、すぐ傍に居ると解ったら…」

それが、自分達の大切な人かもしれないという可能性を思ったら。

「…居ても立っても、いられませんでした…」
「……っ」
翠はそう吐露するが、リウェルゥからすればかなり辛い状況まで追い込まれたように思った。
彼女達を護りながら戦うのは、負傷した今の自分には至難の業だからだ。

「…カロレス…」
「なっ、お、お前らっ!」
カロレスに歩み寄ろうとする翠達を、カイレンは慌てて止めに入る。
「何を考えてるんだ! 今あいつに近付くのは危険だッ!!」
「でも…今のカロレスは、危険な感じ…しないよ…っ」
カイレンの剣幕に圧されながらも、レイサーはそう主張した。
その言葉に、カイレンは苦しげに顔を歪めた。
「…それは、解ってる。けどな…」


「……カイの、言う通りだ…」
「「カロレス!」」
再会を待ち望んで来た、カロレスの声。
翠達は喜びを隠せなかった。

…しかしそれと同時に、疲弊して憔悴しきったような彼の様子に、とてつもない悲しみを覚えた。
記憶の中の、いつも朗らかとした彼の姿は、どこにも無かった。




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あきゅろす。
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