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未来へのプレリュード
信じている、彼女を。

「――それじゃあ、私は此処に居ますね」
「ああ」
ループを部屋の前に残し、カイレンはレナが保護されている部屋の扉をゆっくりと開けた。

ぎぎぎ。
あまり使われていない部屋なのだろうか…扉は軋んでいた。


――レナが保護されていたのは、宿屋の一室程度の広い部屋だった。
広くとも家具は限られていて、目に留まるのは部屋の中心に侘びしく据えられたシングルベッドくらいだ。
特に何も感じ取れないが、ループ曰くこの部屋を含めた地下室の全ては魔術師以外は魔法を使えないよう細工してあるらしい。

(…それにしても)
随分寂しい雰囲気の部屋だな、とカイレンは心中で呟いた。
(窓が無い所為もあるんだろうな。…と言っても、此処は地下室だ。窓が無いのは当たり前か…)

「…誰っ?」
その時、カイレンから見えない位置から不意に声が上がった。
その声は数日前までテレビで聞いていた筈なのに…もう何年も聞いていないかのような錯覚を起こした。

「…レナ」
ベッドに寄りかかっていたのだろう。立ち上がった少女は、まさかの訪問者の登場に目を見開いた。
「……イレ、君…」

少女――レナの佇まいは弱々しく、酷く儚げだった。
カイレンが出逢った頃に感じた力強さは、今の彼女には微塵も感じ取れなかった――…。


「――レナ。俺、ルーを見つけたんだ。正確に言えば、まだ再会はしていない。…でも、一つ分かったことがある」
「……うん」
「ルーは、お前の知り合いの…『カロレス』という男だった」
「…っ!!!」
カロレスの名を耳にした途端、レナの肩が浮いた。
目を零れんばかりに見開き、怯えたように身体を震わせ始めた。
カイレンはそんな今までと違うレナの様子に思わず口を噤んでしまう。

「………」
沈黙が充分に満ちた後、レナが静かに口を開く。
「……つまり。イレ君は、『あの日のこと』を聞きたいんだよね。やっぱり、そうなんだ…」
「……」
レナの瞳は何処か虚ろだ。
カイレンを見ている筈なのにその瞳には全く映っていない。

「…イレ君も、他の人達と…同じ。わたしがカロく…ルー君を刺したから。わたしが全ての首謀者だって思ってる」
「違う。俺は、『あの事件』の時、お前が――」
「同じことじゃないッ!!」
カイレンの言葉を遮り、レナは突然興奮したように声を荒らげた。

「イレ君だって他の人と同じよ!わたしはルー君を刺した!そして多くの人達の不幸にしたッ!!わたしは、わたしは…っ!!」

激昂したレナは耳を塞ぎ、大きく首を振る。
それはさながら壊れた機械人形のようで…見ていられなかった。

(…多くの人達を、不幸に……)
自分の行動のせいで、誰かを不幸にしてしまう。
それがどれだけ辛いことか、カイレンはよく知っている。
身を引き裂かれる以上の傷みを知っているからこそ、カイレンは思う。

「レナは、違う」
それは、願いと言う名の確信。
レナは誰も傷付けていない。傷付けてなどいないのだ。

「…どうして、そんな風に思えるの?」
「レナを信じているからだ」
レナを真っ直ぐに見据えたカイレンの答え。
レナは信じられない、と言いたげに目を見張った。
「……ど、して…」
「じゃあお前は…ルーを刺したいと思ったことはあるのか?一度でもそういう考えを持ったことはあるのか?」
「………」

レナは肩を震わせる。
青の瞳から、一筋の涙が零れた。

「…そんなこと、思ったこと無いよ。思うはず無いよ!!」
その言葉を切っ掛けに、涙がとめどもなく溢れ出した。
「わたし…事件の日どころか、その数日前から記憶が無いの。…でも、…それなのにっ!手に嫌な感触が焼き付いて離れないの!!」
怖くて、怖くて、誰にも言えなかった事実。
この感触はきっと、自分がルーを刺した時の物で。
だからこれは、自分の罪の証なのだと思った。
けれど、それを今まで誰にも言えなかったのは我が身かわいさで。

「怖かった。このことを話してしまったら、もう誰もわたしのことを信じてくれないって。だから心を閉ざして、誰にも何も話さなかったの…」
でも、此処にひとり…自分のことを信じてくれる人が居て。
心が救われる自分が居て。

「イレ君がわたしのこと、信じてるって言ってくれて…今、本当に嬉しいの」
透き通った涙を浮かべながら、レナは微笑んだ。
対してカイレンは、少し照れくさそうに。
「…お前が望めば、何度だって言ってやる」

途端、レナは勢い良くカイレンの胸に飛び込んだ。
慌てて受け止めるカイレンに、頬を赤らめたレナは言う。
「イレ君、ありがとう」


――その笑顔を見ながら、カイレンは思う。
…自分は確かに、燐火のような人間にはなれていない。
けれど…今自分の目の前に居るこの少女だけは、救えただろうか――…。


カイレンとレナはおもむろに目を合わせ、お互いに微笑んだ。
それは短い間のことだったが、二人にとっては優しく穏やかな安息の時間だった。




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あきゅろす。
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