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がくえんぱられる。
A

 結局議論はまとまらず、俺たちは帰宅することになった。昇降口で重い溜め息をついているとすぐに怜が「大丈夫ですか?」と声をかけてくる。

「心配すんな」
「それならよろしいのですが。……あ」
「怜?」
「忘れ物を、してしまいました。リュウ様はお先に帰宅を」

 言って怜は先刻脱いだばかりであろう上履きに足を通す。先に帰れ、と言われたものの正直な話、暗くなり始めたこんな時間に女子生徒を一人帰すのもはばかられるというものだ。怜はそこらの男よりもずっと強いけれど、それでも。
 慌てて俺もついていくと怜は「リュウ様のお手を煩わせるわけには」と困惑したような表情を浮かべた。俺はうっすらと溜め息をついて、口を開く。

「前も言ったけどな、怜」
「……はい」
「お前は確かに俺の手足として訓練されたのかもしれねえ。けれど、俺はお前を手足だなんて思ったこと、一度として無い」
「……リュウ様?」
「対等にとは言わねえ、お前の心情がそれを許さねえだろうから。……だけどな怜」
「…………」
「こんな暗い時に後輩の女一人で帰すのが心配だっつう先輩の心境くらい、汲んでくれ」

 怜は瞠目した。それからうつむいて、何も言わずにいる。

「責めてるわけじゃねえよ……ほら、行くぞ」
「……はい、リュウ様」

 怜の教室は当然ながら真っ暗だった。明かりを灯し、その眩しさに目を細めていると、怜があっと小さく声を上げる。
 見ると、男子生徒が一人眠っていた。さらさらの黒い髪、一目で整った容姿だと分かった。突っ伏している机には参考書や教科書、ノートや消しゴムが散乱していて、放課後の自主学習に励んでいたらしいというのはすぐに知れた。呼吸をするたびに上下する肩はまだ細い。どころか制服自体が何だか少しだけ大きい。教科書に書いてある名前は「リオ・フェーデ」。フェーデ。どこかで聞いたことがある気がして思考をめぐらして、そういえばケインが助けたとか言っていた一年生がそんな名前だった気がした。

「寝てやがるな」
「ええ……」

 怜は躊躇いつつもその肩に手を置く。ぴく、と動いたと思ったらまるでバネ仕掛けの人形のように飛び起きて、怜と俺を見てきょとんと目を丸くした。

「……今、何時」
「もうすぐ六時半ってとこじゃねえか?」
「え! またにぃに叱られる!」

 リオ、と呼ばれているその生徒は慌ただしく筆記用具を鞄に詰め込む。その時一瞬動きが止まって、ごそごそと鞄から何かを取り出す。薄っぺらい、文庫本だった。

「怜」

 何をするかと思いきや、リオはその本を怜に突き出した。怜は澱みない仕草でそれを受け取って「ありがとう」と一言。
 え? いつの間に友達なんか出来たんだ怜。俺がそう尋ねる間もなく廊下を盛大に走る音がした。ばん! と扉が開かれた先にいたのは私服の少年。何で学校内なのに私服なのかとか廊下を走るなとかそういう突っ込みが思い浮かぶ前に息を切らした赤毛の少年はリオに詰め寄る。

「こんのバカ! 遅くなるなら連絡しろ!!」
「ごめん、寝てた」
「あーあーお前顔の跡がすっげーことになってるぞ。あと前髪」
「…………だから、悪かったってば。というか家から来たの?」
「当たり前だろ! 何回電話してもつながんねーし、メールもしてこねーし!」
「僕は箱入り息子かなんかか」

 ぎゃんぎゃんと喚く少年と、しれっとした態度のリオ。さて自分たちはどうしたものかと考えていると、怜がふと口を開いた。

「……リオは、私を待ってくれていたらしいです」
「?」
「リオがお勧めの本を貸してくれるというのでそういうことにしたのですが、今日はなかなか受け取る機会が無くて。清掃が終わったのも生徒会が始まる直前でしたから」
「……だったらそう言えばいいじゃねえか」
「それでは私が悪者になるから、ではないですか?」
「というか机に入れとけばいいじゃねえか」
「万一があっても困るのでしょう。最近は盗難も増えていますし」
「……怜」
「はい」
「いつの間に友達になったんだお前ら」

 友達? と怜が首を傾げる。え、まさかそんな友達の定義から教えなきゃなんねえわけ俺?

「……友達、………………なるほど、そう定義すれば良いのですか」

 そんな真面目くさった顔で言われても困るわけだが、どうやら怜はリオとの関係性について彼女なりに色々と考えていたらしい。思春期の集団は異性が一緒にいるといつだってカップルにしたがるから、そういう噂もおそらくされているのだろう。怜がリオに恋愛感情を持っているとも考えがたいから、そりゃあ悩んだって仕方が無い。俺か虎牙にでも相談してくれればいいものを。

「リオ」
「ん?」
「どうやら私たちは『ともだち』と定義されるべきみたい」
「友達…………、あ、なるほどそっか。それならしっくりくる」

 お前もか! お前はそこの(多分)兄貴に何を教わってきたんだ!!

「りー、お前まだそれ引きずってたのかよ」
「たとえ僕が友達と思ってても怜がそう思ってるかは分からない」
「…………む」
「それに、早合点したのはそっちだし」
「や、それは、まあ……」

 何があったかは知らないが、どうにかこうにかこれで解決だろうか。とにかく帰るぞ! とリオは赤毛の少年に半ば引きずられるようにして帰って、あとに残されたのは俺と怜だけ。

「……怜」
「はい?」
「よかったな。友達が出来てよ」
「…………」

 怜は答えない。ただ「そうかもしれませんね」と小さく微笑んだ。
 怜の笑顔を見たのは、久方ぶりだった。


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あきゅろす。
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