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がくえんぱられる。
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 新学期というのは誰しも気分が浮き立つものだ、と僕は思う。
 それが例えクラス替えというものが三年にしかないというこの学校であってもそうなのだろうし、実際自分自身のその心根を否定することは無い。僕らはまだ二年になったばかり、一年以上の付き合いになるクラスの連中たちは、相変わらずわいのわいのと騒いでいた。まあ別にいい。ガイダンスまではまだ時間もあるのだから。
 そう決め込んで僕は教室内の様子を見渡す。この喧騒の中でも居眠りぶっこいているラースは一応副委員長でありつまりは委員長である僕のサポートなのだが、いかんせん彼はクセが強すぎる。否、彼程度でそんなことを言っていてはこの学校で暮らしてはいけないのだが。

「アルフーアルフー」

 ユウだ。何の用かと問うと、放課後遊びに行かないかというお誘いだった。

「いいや、遠慮しておこう」
「えー何でー?」
「明日から通常授業だろう。色々と準備もある」

 そう言ってのけてやると、それなら仕方が無いとあっさり、しかし残念そうにユウは引き下がった。何も僕を誘わずとも彼ならカイルやシオンを誘えばいい話なのに。と思っている間に案の定ユウは雑談している二人を誘いにそちらへ足を向ける。会話までは聞こえなかったが、どうやらシオンは断りを入れたらしい。珍しい、明日は雨だろうか。

「相変わらずですわね」

 今度はヨウヒだ。僕の前へ腰掛けている彼女はくすくすと怪しげに笑っている。鞄の中には常にグロテスクでサスペンス、尚且つ口に出すのもはばかられるような小説が潜ませてあることを僕は知っている。女というのは、分からない。否それともヨウヒが特殊なだけなのだろうか。考えれば考えるほど分からなくなる。

「何をどうもって相変わらずと定義する?」
「明日の準備なんてほとんど必要ないのに、と思っただけですわ」

 言ってまたくすくすと笑う。ヨウヒの言う通りだ。どうせ明日の授業なんて、ほとんどガイダンスに決まっている。断ったのは正直気分の問題としか言いようが無い。見透かすような黒真珠の瞳が、細められる。普通にしていれば結構美人なのだが、いかんせん趣味思考が異常な女だからな、と嘆息する。

「それより」
「?」
「そろそろ、時間ですわよ? 委員長さん」

 ああ本当だ。
 僕は立ち上がって、ホームルームだ静かにしろ! と声を張った。

――――――

 退屈なガイダンス、それと一年生の入学式も終わり、上級生は午前授業で帰宅することになっていた。さっそく帰宅するクラスメートや雑談に興じる者、果てはこれから遊びに行こうと計画を立てる連中まで、まあとにかく放課後の過ごし方は様々だった。ユウはカイルと連れ立ってどこかへ行ってしまったし、ラースはやっと目覚めたと思ったら適当な人間を脅して――と言うと語弊を招いてしまうが、彼は寝起きが悪いだけなのだ――駅まで連れて行ってもらうことにしたらしい。方向音痴にも程がある、どうして毎日通っている道を覚えていられないのか。
 大して書くこともないのだが新学期最初の日誌を書いて、職員室へ持っていく。そうした帰り道、ふと教室前に線の細い少年がぽつんと立っているのを見かけた。真新しい靴、胸元できっちり結ばれたタイの色から察するに、一年生だろう。まだくたびれてすらいない、若干着慣れぬ制服が新鮮そのものだった。

「すみません、二年B組というのはこちらでよろしいですか?」

 見た目に違わず中性的な声だった。彼は僕の姿を認めると、物怖じせずに話し掛けてきた。背の低い、幼い面立ちだった。ひょっとしたらユウと同じくらいかもしれない。

「ああ、そうだけれど君は?」
「申し遅れました、一年のリオと申します」

 リオ、と名乗った彼は深々と頭を下げた。礼儀正しい家庭なのだろう、その仕草は実に板についていた。くせのない黒い髪が、さらさらと流れている。

「二年のアルフだ、それで、ここの誰かに用事があるのか?」
「ええ、うちの愚兄に」

 なるほど兄と来たか。ためしに教室内を覗いてみるが、どうも彼と似たような風貌をしている生徒は見当たらないし第一そういう人間が居た記憶もない。帰ったのではないかと問うと、そんなことはありえないと頭を振られた。随分と確信的なものだ、というか別に家へ帰ればいくらでも話くらい出来るだろうにと思いつつも平生真面目だと自負している僕は下級生を邪険にすることも出来ない。じゃあ多分、よそのクラスなりトイレになり行ってしまったのだろう、立ち話も何だろうから待つよう促そうと、口を開きかけた刹那だった。

「あ! リオ!」

 廊下から足音が聞こえたと思ったら、赤毛の少年が勢いよく走ってくる。シオンだ。廊下を走るな! と咄嗟に指摘したが彼は応じることなく新入生に飛びついた。

「何だよお前俺に会いに来たのか!」
「……終わったら来いって言ったのは、そっち……」

 なるほど、それで帰宅を否定したのか。うりうりと乱暴に髪を撫でてくる手をリオは鬱陶しげに振り解くもののなかなか上手く行かず、結局されるがままになってしまっていた。

「……シオン、その子はもしかして」

 と僕が話し掛けると、シオンはにっこりと笑う。

「アルフにはまだ見せてねーもんな。前から話してた俺のかわいい弟」

 確かに、入学を示唆することを一月ぐらいに言っていた記憶がある。弟の話は幾度となく聞かされてはいたものの、そういえば確かに顔を見るのは初めてだ。本当は写真の一枚も見せてやりたいのだが写真写りが悪いから本人が嫌がっているのだと、聞かされていた。
 何それ前から話してたわけ? とリオがかすかに不快感を露にすると、かわいい弟の話をして何が悪いのかと反論。
 しかしそれにしても。

「似ていないな」

 その言葉にリオがかすかに目を見張る。
 そう、あまりにも似ていない。髪の色も、顔立ちも、体格や肌の色さえ何もかも、彼らに相似点が見つからない。共通項と言えば性別くらいなものだと思った。そうしてふと僕の脳裏にあるひとつの考えが頭をちらつくが、ひょっとしたらそうだとすると僕はとんでもない邪推をしてしまったのではないか。そんな困惑とリオの表情をよそに口を開いたのは、シオンだった。

「そーそー、俺に似なくてかわいいだろ?」

 そう来たか。どんだけブラコンなんだお前。

「……シオン」
「んー?」
「それで、何のために呼んだわけ?」
「んー、お前を見せびらかすため☆」

 その一言に、リオは露骨に顔をしかめた。当然だ、そんな発言をされたのでは誰だって呆れる。僕だってそうだ、もし家族にそんなことを言われたら軽く死にたくなるほど恥ずかしい。

「……帰る」
「わ、ちょっと待てって飯食ってからだ!」
「いい、あとで食べる」
「だーめーだ、そう言ってお前昼飯しょっちゅう抜いてんだろ?」

 図星だったのか、腕の中から逃れようとするリオの動きが止まった。さすがは兄とでも言うべきか、僕が今まで見たこともないような年上の顔を、向けていた。そのエネルギーを少しは勉学に生かせないものだろうか、と余計なことを思った。

「それに、お前にまだ入学祝い買ってねーし。昼飯食いに行ってさ、それから買い物な。何食いたいんだ?」

 べらべらと一方的に話し続けるシオンに、さすがにリオは呆れてしまっていた。平生彼とそれなりの友情関係を築いているいる僕でさえ、口を挟む隙すらなかった。

「……別に、そんなの…………」

 いいのに、と口ごもる少年は、あからさまに困惑していた。

「まーそんなわけで、俺らは帰るから」
「……ああ、分かった」

 じゃ、と踵を返すシオンと、僕に向かって一礼して去って行くリオ。見れば見るほど対照的な二人だと、思った。


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あきゅろす。
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