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がくえんぱられる。
A

 午後の授業も何とかこなし、俺はようやく確保した空き時間で一息ついていた。仕事は山のように溜まっているが、とりあえず茶の一杯くらい飲む余裕はあるだろうと。

「お疲れですね、ロアウィス先生」
「……先生も、お疲れのようで」

 俺の席にやってきたのはジャン先生だった。そうだ、何だかんだでクラス分けのことを話す時間もなかった。そう思い提案すると彼は目を細めて「そういえばそうでしたね」と笑う。

「とりあえず確定事項として」
「何でしょう」
「フェーデは先生が教えてください。俺じゃ無理っぽいっす」
「そうでしょうか」
「え?」
「あの子にしてみれば私の授業は退屈でしょう。ロアウィス先生のように、実践的な問題をどんどんやらせてみればきっとあの子は伸びます」
「いやいやいや……怜みたいな奴ならとにかく……あいつは厳しいですよ」

 正直意外だった。フェーデの実力を知っているジャン先生ならきっとすぐ「そうしましょうか」と言うと思っていた。俺のそんな心中を悟ったのか、ジャン先生はくすりと笑った。

「初めて私の所に来た時、あの子何て言ったと思いますか?」
「……さあ」

 笑顔のまま、ジャンはその時のことを話し始めた。

――――――

 それは一年生の授業が始まって三日目のこと。戸惑いがちにやってきた黒い髪の、線の細い少年。確か学校始まって以来の秀才だと言われている……。

「あの……先生」

 彼は数学のテキストとノートを持参してやって来た。それなりに緊張しているのだろう、と判断して笑いかけてみると、少しだけ空気が和らいだ。

「どうしたのかな? 何か分からないところでも?」
「…………あの」
「?」
「復習って、どうすればいいんですか?」

――――――

「うげー! マジでそんなこと言ったんですかあいつ!」
「厳密に言えば、先生の授業が中学までのとは全然違ったから戸惑っただけみたいですけれどね」

 くすくすと笑うジャン先生は多分今までのことを思い出しているんだろう。中学まで、というとやっぱりみっちりきっちりなんだろうし、俺みたいな授業方針は高校一年生には少々手ごわいだろうということも分かっている。けれど、直せない。はっきり言ってがつがつこなしたい俺にとってちくちくと教えていくのは苦手どころの騒ぎじゃないのだ。

「あの子は中学でもきっちりと予習復習をこなす生徒だったそうです。けれどそれは、公式を改めて見返してから学校指定の問題集を解くというやり方だったんです。ちょうど今の、先生の授業のように」
「……あ」
「だから家に帰ったあとどうしたらいいのか分からなくなったのでしょう。新しい問題集を買うことも考えたそうですが、解き方が習ったのとは違うと言って結局買えなかったそうです」
「応用力のねえ奴だな」
「だからこそ、私は先生に彼の指導をお願いしたいと思っています」
「……へ?」
「私は基礎を教えるだけに過ぎません。その点先生は応用問題などもこなしていらっしゃる。先生の下につけば彼も多少なりとも機転の利く発想が出来るようになると思います」
「…………」
「もし彼がセンター試験を受けることになれば、応用力は欠かせません。今のうちからそれを磨いておくのも悪くないかと。素はいいのですから」

 うーん、と俺は眉間に皺を寄せる。
 ジャン先生の言うことも尤もだ。数学に限らずどの教科でも応用力というのは欠かせない。ただ、数学に関してはその力が顕著に必要だというそれだけの話なのだ。けれど、とも思う。俺のクラスに置いておけば多分彼はいつまでもジャン先生のもとへ通い続ける可能性だってある。
 俺がそれを問うと、それはないと首を振った。

「以前はともかく、今は段々コツが分かってきたみたいですからね、私は指導と言っても新しい問題を提示しているだけに過ぎません」
「そうなんですか?」
「ええ。彼も分かっていますよ、じきに私の指導などいらなくなることくらい。餞別というのもおかしいですが、お勧めの問題集を渡す予定ですけれど」

 そこまで言われては、俺も反論の余地を無くしてしまった。
 そういえば、学園長に言われたことがある。
 フェーデのクラス担任が変わったのは、数学だけが芳しくない彼を指導しようと暴力まがいの事件を起こしたからだと(ちなみにこの事件、教師陣にも知らされないまま揉み消された。ちゃっかり警察に放り込んだらしいけど)。本人が申し出たのと、前々からいい噂を聞いていなかったというのが決め手となり彼はいなくなったのだが(まあ確かに胸クソ悪い野郎だった)、実際彼の数学はどうなのかと聞かれたことがある。
 はっきり言って、悪くはない成績だと俺は読んでいた。確かに、他の教科に比べると目劣りはするが決して悪いものではなかった。

「……少し、考えさしてもらっていいですか?」
「勿論。私もじっくり考えさせて頂きますので」

 目の前には大量の仕事。ケインの進路。フェーデの振り分け。
 教師ってのはめんどくさい。多分今日も残業だ、そろそろ中間考査の範囲も発表しないといけないしテストも作らないと。

――――――

「なあ、ルー」
「何? ロア」

 案の定残業になってしまった。というか教師なんてのは常に残業だらけだ。俺と同じようにテスト作りに励んでいるルーを見て、俺は何となしに声をかける。

「ルーは何で教師になったんだ?」

 と尋ねると、彼は目を丸くする。まあ確かに、穏やかで頭も良くて人当たり抜群のこいつだったら教師は天職みたいなもんなんだろうけどさ。

「うーん……僕はね、人に物を教えるのってあんまり得意じゃないんだ」
「謙遜すんなよ。俺だって昔お前に宿題聞きまくってたろ?」
「そういうことじゃないよ。ただね」
「ただ?」
「こんな僕でも人の役に立ちたいって、高校の時に思ったんだ。それで生徒指導の先生に聞いてみたらね、お前教師なんていいんじゃないかって言われたんだ」

 こんなルーの話は初めて聞く。俺とルーが別々の道を歩んでいた頃の、俺が知らない頃のルーだ。

「実際、先生って結構魅力的だったしね。最初は小学校の先生になりたかったんだけど……僕、あんまり体育が……」
「てんで駄目だったな」
「うん。だから高校の先生になった」

 と、ルーはにっこり笑う。大学の成績と素行で学園長にスカウトまがいのことをされた俺とは全然違う。何か、そういうのって眩しい。

「実際なってみると大変だけどすごく楽しいね。何より、生徒たちの純粋な目を見ているのが僕はとても好きだよ」

 まったく、なんともルーらしい。知らず知らずのうちに俺は苦笑していた。

「ルー」
「?」
「終わったら飯食いに行こうぜ」
「あはは、いいよ。ロアとご飯なんて久しぶりだね」

 さてと、今日は何時まで残業になるのやら。

――おしまい

――――――

あとがき:

 ロアウィスとルーベルトとミナクリス先生、及び虎牙は友人のキャラより。
 こんなキャラだったっけか……? とか思いながらも結構楽しかった先生サイド。三年C組ロアウィス先生です(笑)
 英語と数学のクラス分け、は管理人の実体験から基づいたものです。一応管理人どっちも上級クラスにいましたけど、ひいひい言っていた思い出がありますね(笑)実際ジャン先生みたいな数学の教え方してた先生いたんだよ……高校に!(笑)かなり退屈でしたねーそれはそれは。分かりやすいんだけど速度が遅い、みたいな。

 次回は番外編です。多分。

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