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がくえんぱられる。
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「おら座れクソガキども朝だ朝!」

 澄んだ青色の髪を揺らして俺は教室のドアを盛大に開けた。雑談に興じていた学生たちはわらわらと己の席へ戻っていき、担任である俺が教卓に立つのを待った。誰が名付けたか「鬼帳簿」とかいうけったいな名前(実際はただの出席簿だっつーの)のそれを机に置いて俺はぎっと教室内を見渡した。

「ええい喋るな菓子を食うなっつか後で俺にも寄越せ!」

 えーそんなーロアっちひでー、と俺の叱責にすっかり慣れてしまった男子学生が、それでも俺に菓子をお供えしやがった。まあいい、食べものに罪は無い。
 それより、だ。

「ロアっちって言うなロアっちって、先生と呼べ。……それと」

 俺は再び視線を彷徨わせて目的の席を見つける。きらきらとした金色の塊が机に置いてあるというのは錯覚で、要するに金髪野郎が堂々と居眠りぶっこいているというのが正確な表現だ。

「そこの生徒会長、俺の前で寝るとはいい度胸だ」

 俺は大またで生徒会長、ケインの席へ向かった。しっかしこいつとんでもねえ美形だよなあどんな遺伝子配列してんだよ、とは口に出さないでおく。当のこいつはそんなことなどつゆ知らず、すやすやと心地良さそうに眠っていた。

「起きやがれ鼻つまむぞコラ」
「むみー……」

 俺が本当に鼻をつまんでやると、わずかながらに抗議の声を上げた。ついでに口を塞いでやる、と掌で唇を覆ってやると、やがて眉間に皺が寄りばんばんと机を叩いてギブアップの合図。それでもそ知らぬ顔で続けていると乱暴に俺の手を振り払ってがばっと起き上がった。

「ぶはー!!」

 ぜひゅーぜひゅーとしばらく呼吸を続け、やがてロアウィスを恨めしそうな眼差しで見上げた。俺はといえば、にやにやと笑うばかりだからさぞ機嫌が悪いことだろう。

「ちょ! 俺今三途の川見た!!」
「そうかそうか、それは貴重な体験をしたな」
「そーうーいーうーこーとーじゃーなーいー!」
「あんだよ? 起きねえお前が悪いんだろ」
「だってー、ゆーべ徹夜したしー……」
「俺が知るかんなこと」

 言い返そうとするケインの綺麗な金髪を出席簿で殴りつけ、俺はぼちぼち出席をとり始めた。が。

「ったく虎牙の野郎、また遅刻か?」

 舌打ち混じりに俺が呟いた刹那、がらっと教室のドアが開かれた。なんの悪びれもない仕草に俺はさりげなくチョーク入れから赤いそれを取り出す。

「おっはー」

 と、現われた夕日色の髪をした彼に俺はチョークを本気で投げつけた。
 すこん。
 お、結構いい音。

「いってー!!」
「おっせえよバカ野郎、とっとと座りやがれ」

――――――

 そんなこんなで授業を終えた昼休み、弁当を広げる(俺はこう見えて自炊派なんだ)俺の机に、タイミングを図ったかのようにコーヒーが置かれた。

「おーさんきゅ、ルー」
「お疲れ様、ロア」

 にっこりと柔和に笑うこいつはルーベルト。俺の幼馴染だったんだけどな、ちょっと疎遠になったあと何の因果かこの学校で再会してまた交流が始まったと、そういういきさつがあったりする。長く伸びた藍色の髪はさらさら、おまけにこの性格だ、女にモテないわけがない。幼馴染の俺が保障してやってもいいがバレンタインは毎年すげえことになるんだろうよ。
 ルーは俺とは正反対。物静かで、滅多に怒鳴ったりなんかしねえ。そういうのが男女問わず人気を集める秘訣なんだろう、多分。
 ミナクリスっつう、新任のあいつもそういうタイプだけど俺はあいつみたいなのあんまり得意じゃない、つか苦手だ。笑顔が何となくうそ臭いし、絶対腹黒いぜこいつみたいな雰囲気がある。
 とか、じーっと向こうを見つめているとうっかり目が合ってしまった。

「どうしました? ロアウィス先生」
「いえ……べっつに」
「そうですか。ではついでですからお仕事を頼んでも?」
「へ?」
「一年生ですよ。英語と数学は習熟度別でクラス分けするでしょう? それを来週中にはお願いします」
「うげー……」

 正直めんどくさい。確かに数回の小テストで一年の奴らにも実力のバラつきがあるのは俺だってよーく分かっている。分かっているけどめんどくせえ。まあまあ、と俺を宥めようとするルーを見上げて「お前だっていつかやるんだぜ」と脅してやると「僕は結構そういうの楽しいから好きだよ」とにっこり笑われてしまった。くそ、なんか悔しいぞ。
 むすっと弁当をつまんでいると、ルーがくすくすと笑う。向かいの席だから俺の表情なんてバレバレなわけで、やっぱり悔しい。さかさかと弁当を腹に収めて職員室を眺める。昼休みに仕事を持ち込んでいるカルーア先生、のんびりと愛妻弁当を咀嚼しているフロウ先生、まあ表情は様々なわけで。こんなんとても生徒には見せられたもんじゃないなあと苦笑する。あれ? そういえば。

「ルー、ジャン先生知らね?」

 彼も数学教師だ。クラス分けは彼と相談して決めないと話にならない。そう思い何となしに話を持ちかけようとしているのだが、見当たらない。

「食後のお茶を飲んでたら、授業の復習に来た生徒がいたみたい。多分学習室じゃないかな?」
「あー……またフェーデか?」
「うん。一年生だったからそうだと思うよ」
「あいつ他の教科は完璧なのになんで数学だけ駄目なんだろうな……俺に何か恨みでもあんのかあいつ?」
「あはは、それはないよ。そうだったらわざわざ復習になんて来ないでしょ?」

 それは確かにそうだ。フェーデの授業態度は真剣だし、ノートだって一生懸命にとっている。ただ、時折むーっと眉間に皺を寄せて考え込んでいる。小テストは及第点をクリアしてはいるが、それもひとえに「またあいつか」と言わしめるほどの職員室の常連になってしまっているが所以だ。
 俺の授業は実践タイプで、ジャン先生のは着実タイプ。多分、俺の授業についてこれていないのだろう。そういう奴はフェーデだけじゃないしその逆に、ジャン先生の授業が退屈で仕方がない奴だっている。そういうわけでも、クラス分けというのは重要だ。

「せんせーせんせー」

 うわ、やかましいのが来た。ケインだ。

「何でそんな露骨に顔しかめるわけ!?」
「お前がうっせえからだ」
「ひっでー!」
「それより何の用だ」
「あーうんそうそうこれ、出し忘れてた」

 何かと思えば四月に提出する予定になっている進路希望調査だ。

「てめえなんで今ごろ提出しやがる!」
「だーかーらー、忘れてた」

 ったく最近のガキは悪びれもしねえ! 大体今は七月だぞ!? 提出期限を三ヶ月も通り越すってどんなミラクルだ!
 いきり立ちながら俺は一応その内容に目を通して。
 絶句した。

「……お前、これ、マジで言ってんのか?」
「うん」
「…………、何を根拠にこんなことが出来ると思ってるんだ?」
「えーだって、他の先生は太鼓判押してくれたぜ?」

 どれどれどれ、と気がついたら俺の周りは先生だらけになっていた。何つー人口密度だオイ。ってかなんでミナクリス先生まで来るんだよ!

「ああ、ケインならいけるでしょう」
「余裕余裕」
「現状維持なら、外国語も完璧ですしね」
「…………あの、先生方、本気で言ってます?」

 うん、とほぼ同時に全員が頷いた。
 なあ、頭痛がしたから帰って良いかな? 駄目だよな……。


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あきゅろす。
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