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がくえんぱられる。
B

 高校の寮はそれほど遠くない。それではまた明日、と怜は深々と頭を下げて女子寮の扉をくぐる。その後ろ姿を見送りながら俺も男子寮に入った。門限ぎりぎりだった。
 夕飯はカレー。しかも何だか大盛り。いくら成長期とはいえ……と思いつつ腹の虫は正直なもので、大抵の男子は平らげてしまうのだ。だからこそ、寮のおばちゃんは頑張って作るんだろうとしみじみ年寄りのようなことを思った。
 寮の個室に入って一息つくと、ノック音がした。

「よっす」
「って虎牙!!」
「邪魔するぜー」
「お前寮生じゃねえのに何忍び込んでむぐ」
「夜は静かにするもんだぜ、リュウ」

 誰のせいだ誰の! という俺の突っ込みは虎牙の掌でかき消された。俺は仕方なく、この大バカ野郎を部屋に上げることにした。

「……何の用だ」
「別に? 最近怜と仲良しだなーと邪推」
「邪推って自分で言うな自分で」

 我が物顔でベッドに腰掛ける虎牙は普段と変わりなく笑っている。俺は備え付けの椅子に腰掛けて、不機嫌に表情をゆがめた。何とはなしに携帯を開くと案の定兄貴や姉貴からのメールが大量に入っていた。そのどれもが「リュウに会いたい」「今度はいつ帰って来るの?」という言葉で締めくくられていて、どんだけこの人たちは俺の顔を見たいんだと溜め息しか出てこない。

「愛されてるねえリュウは」
「そうか?」
「だろうよ。俺も居るし怜も居る、家に帰れば父ちゃんも兄ちゃんも姉ちゃんもいる。平和で幸せな家庭だろ?」
「んなこと言いに来たのか?」
「ちげーよ。今日の議案について」

 ふん? と俺は鼻を鳴らす。私用ならいざ知らず、まさか生徒会について彼が自ら意見を述べようとは思ってもいなかったからだ。夕日色の髪を軽く結わえ直しながら虎牙は鼻歌を歌う。こいつはいつだって機嫌が良さそうだ。俺はこんなにも顔を渋らせてるのに。

「リュウは頭かてえんだよ、花火くらいいいじゃねえか」
「……百歩譲って花火はともかくな、サンバはねえだろサンバは」
「校長なら即決しそうだけどなー」
「すんな、てか提出すんな」
「んー、俺的にはアレやりたいんだぜアレ!」

 アレって何だアレって。
 訝しがる俺に対し、虎牙はにんまりと笑ってメモのようなものを俺に手渡してきた。ぐしゃぐしゃの、明らかにノートの切れっぱしで書きましたみたいなメモの内容に、俺はまた深々と溜め息をついた。

「ベタすぎねえか?」
「ベタは国宝だぜ?」
「誰がんなこと決めた」
「俺が今決めた」
「帰れ」

 眉間の皺が自然と深くなる。そんな俺に動じもせず――昔ながらの付き合いだから当然だが――虎牙はただ笑うばかり。

「でも俺はプッシュしたい。ってか明日会長に見せるけど?」
「…………」
「その前に副会長様にお伺いを立てようと思ったわけで」
「…………勝手にしろ」
「お、いいの?」

 いそいそと帰り支度を始めて窓枠に足をかけた虎牙が俺の反応に思わず振り返る。眼鏡の奥にある黒曜石の瞳は、珍しく見開かれている。

「少なくともサンバよりはマシだ」
「そっか! じゃ俺帰るな!」

 ばいばーい、と手を振って虎牙はひらりと窓から暗闇へ身を躍らせた。余談だがここは三階。まあ虎牙は運動センスというかそもそも護衛係だからそれくらいのことは朝飯前なのだろう。俺は欠伸をしながら宿題を済ませる。その間にも兄貴や姉貴から電話が来たりと色々大変だったのだが、それはいちいち話すのが面倒なので割愛しておくことにした。

――――――

 翌朝寮から出ると、既に怜は待ち構えていた。

「おはようございます、リュウ様」
「おう」

 道中でも「怜さんおはよう」と女生徒たちが控えめに(多分俺がいるせいだろう)挨拶を交わしてくるのだが、怜もまた更に丁寧な挨拶を返すものだからおそらくというか絶対、クラスの女子連中には距離を置かれているのだろう。

「りゅーうー、おっはー!」
「おっはー!!」

 ばしん! と勢いよく背中を叩かれる。虎牙とケインのダブルパンチ(というのも語弊があるのだろうか?)によって俺は激しくむせることになる。大丈夫ですかリュウ様、という怜だけが唯一まともに思えた。

「虎牙っちの案ってやつ早く見せろよなあ!」
「教室まで競争して俺に勝ったらな!」
「んだとこのやろー! この俺に勝負を挑むとはいい度胸だな虎牙っち!」

 言うが早いか金髪と朱色の少年たちは初夏の爽やかな朝の中、駆け抜けていった。残された俺と怜は、物言わず歩き出した。
 緑がますます深くなって、鳥のさえずりが響き渡っていた。
 そんな折だ、また新しく声がかかってきたのは。

「おはようございます」

 黒い髪の少年。ああ昨日の、と俺が声をかけるとぺこりと会釈をする。

「昨日は申し訳ありませんでした、うちの愚兄が騒がしくして」
「……いや、気にしなくて良い」
「それなら良いのですが。怜、おはよう」
「……お、はよう、リオ」

 ずいぶんとぎこちなく怜が挨拶をしたのも無理はない。同年代の友達など、彼女には皆無だっただろうから。俺のために生き、俺の存在そのものが彼女の全てなのだから。いや、もう本来なら過去形にすべきなのだろう。姉貴が怜を学校に行かせると決めた時からそれはもう、形にすべきことだったのだ。
 滑らかに挨拶をしたかに見えたリオだったが、こっちはこっちで同年代の女子に挨拶などほとんどしたことがないのか照れくさそうに視線を逸らしていた。
 仲良くなるのは喜ばしいが何となく嬉しくない。
 俺がその気持ちに気付くのは、生憎ながらずっと後の話。


――おわっとけ

――――――

あとがき:

 シオンにぃはこの日風邪引いてお休みしました(←)
 今回出てきたリュウ、怜、虎牙は友人のキャラクターなので動かすのに大変苦労しました。ケインと虎牙は仲良くなりそうだな! というコンセプトで始めて見たのですが予想以上に馴染んだ(笑)クラスにいるよなこういうバカ。しかも複数。
 次は誰で行きますかねー。ぼちぼち女の子かしらー。


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