月の瞳
05
*o・† † †・o*
「────……」
狼男は、体に何か重みを感じてぱちぱちとゆっくりまばたきをした。
「ん……」
まばたきすると、まだはっきりしない視界の中に、見慣れない部屋が映った。
(…………?)
……おかしい。
此処は、俺の知っている場所じゃない。
そう思った男は、しかしまだはっきりとしない微睡む意識の中、暗い部屋をぼんやりと眺めた。
(まだ、夜か……)
朝日の気配を感じない部屋の暗さに、男はそう思い気を取り直して寝返りを打とうとする。
しかし、そこで男はぴしりと固まった。
「……!?」
見知らぬ体に抱き締められていた。
その重みは成人した男のそれで、狼男は思わず悲鳴を上げそうになる。
抱き締められている為、自由に身動きができないが、それでも咄嗟に狼男は飛び退いた。
「な、な……」
声にならない悲鳴を上げる。
狼男は見知らぬ男にわなわなと震え、未だに目を覚まさずベッドに眠る男を見た。
(だ、誰だ……!?)
何故、男がベッドに?
そう思って、ようやく狼男は周囲の様子に気が付く。
華美で立派な寝室。
カーテンがぴったりと閉め切られていて暗いが、狼男はその並外れた視力で部屋の様子がよく分かった。
(な……)
何処だ、此処。
そう思った狼男は、混乱しながらも、徐々に昨夜の記憶を思い出していく。
────猟師に打たれた傷。逃げる途中で転倒、動物達に襲われた傷。
灯に引かれる様に辿り着いた屋敷。
真ん丸な月。
やたら背の高い男に拾われて。
狼男を捉える、透き通ったアメジストの目。
(────そうだ……)
昨日のことを断片的ながらに思い出した狼男は、呆然と目の前の眠る男を見詰める。
(俺は昨夜、この男に助けられたんだ)
満月の夜。
満ちた月の魔力によって狼化してしまった自分は、人肉を求める本能を抑える為、いつもの様に森に身を隠した。
しかしその日に限って運悪く猟師に見付かってしまい、銃で殺されかけ、逃げる。
美しい銀の毛並みをした狼は毛皮にすると大変高値で売られるらしく、猟師は目の色を変えて追いかけてきた。
逃げる途中、猟師が仕掛けたらしい幾つかのトラップに嵌まってしまい、更に足を負傷して。
命からがら何とか逃げ切るも、血の匂いを嗅ぎ付けた動物達がボロボロの狼男に寄ってきて、更に襲われた。
撃退するも、負傷した体は悲鳴を上げ、とにかく休む場所が欲しかった。
明かりに引かれる様にして、ひっそりと佇む屋敷に辿り着くも、人化して入る体力など無く、このまま野垂れ死ぬのかと思った、その時だ。
そんな時この男に出逢って、助けられた。
シルクハットに黒いマント、透き通る様な白い肌を持ったその男は、直ぐに吸血鬼だと分かる風体をしていた。
吸血鬼というイメージ、概念を重んじているのか、やたら正装しているこの男は屋敷の主らしく、狼男を不審な目で見てくる。
しかしそれも束の間。
狼男の目を見ると、直ぐにハッと目を丸くし、そして面白そうに笑った。
狼男が忌む満月によく似た、皮肉な月の瞳。
どうやら、吸血鬼はそれが気に入ったらしい。
直ぐに屋敷に連れて行かれ、吸血鬼の血を飲ませられた。
襲いくる激痛と焼ける様な喉の痒みに、狼男は弱っていたこともあって、意識を飛ばすのは早かった。
そうして、今目覚めたら、吸血鬼と同じベッドに寝ていたのだ。
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