月の瞳
02
「さて……」
ヴラドは抵抗しないことをいいことに狼をひょいと担ぎ上げて、屋敷に戻った。
大型の狼は重く、70sは軽くあるようだったが、ヴラドは苦もなく軽々と肩に背負う。
(コイツを、“隷属”にしよう)
ヴラドの背中にカリカリと爪を弱々しく立てる狼。
上質な黒いマントが汚れたが、ヴラドは気にしなかった。
裏地が赤いそれはまだまだクローゼットにたくさんあるし、別に一つや二つ失っても何の問題もない。
ヴラドは狼を抱えたまま玄関を通り、自室に戻った。
先ほどまでワインを飲んでいた部屋に戻り、弱っている狼をカーペットの上に下ろし屈んで様子を見る。
(随分弱っているな…)
何者かに襲われたのか、全身至る所に切り傷やら打撲があった。
本来は綺麗であろう灰色の毛並みは乱れ、血や泥で汚れている。
「……待ってろ、今楽にしてやる」
呟き、ヴラドは自分の手首に口を寄せた。
にょきりと生えた牙が覗き、彼の白くきめ細やかな肌に当てられる。
そして、そのままぷつりと肌に食い込んだかと思うと、牙が肌に埋まった。
鋭い痛みと共に流れ出てくる赤い血。
それを口に含んで、ヴラドは狼に顔を寄せた。
はっはっと荒い息を吐き、じっとこちらを見てくる狼の満月の瞳を見つめ返し、ヴラドはその口元に唇を寄せる。
そして、そっと己の血を流し込んだ。
ヴラドは口に含んだ血を狼に口移しで飲ませ、それを数回繰り返す。
(…これくらいでいいか)
頃合いを感じたヴラドは狼から口を離し、すっかり塞がった手首の傷跡をぺろりと舐める。
傷は塞がっているが、流れ出た血が付着していたので、それを舐めとり、ヴラドは顔をしかめた。
何度飲んでも、自分の血は不味い。
ヴラドは苦虫を噛み潰した様な気分になり、ソファのサイドテーブルに置いてあったワインを呷る。
口直しをした後、ふぅと一息吐いてヴラドは横たわっている狼を見た。
すると、狼は苦しそうに唸り、頭を振り乱し、暴れる様にもがき始めていた。
低い唸り声を上げ、瀕死の状態であったというのにのたうち回る狼。
そのうち苦しげに喉を引っ掻き出したので、ヴラドは狼の前足を押さえた。
「今は苦しいかもしれないが、我慢しろ」
低く魅惑的な美声で囁き、暴れる頭を抑える様にもう片方の手で首を絞める。
狼は抵抗する様に首を振るが、ヴラドはそれを許さず、「暴れるな、傷が増える」と狼の頭を固定した。
そのうち、狼の喉からきゅうん、きゅうんとか細い鳴き声が聞こえてきて、狼がぐったりした様に大人しくなる。
頃合いを見て、ヴラドは狼から手を離した。
乱れた灰毛を掻き分け、狼の傷口をそっと確認してみる。
傷は、跡形もなく消えて塞がっていた。
満足げに笑みを浮かべ、ヴラドはシルクハットを置き、再び狼を担ぎ上げる。
狼はショックで気絶した様で、だらんと力無くヴラドの背中にもたれかかっていた。
閉じてしまった金色の瞳に、ヴラドは少し残念に思いながらも、彼はバスルームへと足を運んだ。
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