月の瞳
吸血鬼と狼
::: Vampire × Werewolf :::
丸々と肥えた満月が、ぽっかりと浮かぶ夜。
暗く鬱蒼とした森の中に、古びた大きな屋敷が、まるで隠れる様にして建っていた。
屋敷の窓からは明かりが洩れていて、周囲の闇を照らし出している。
その屋敷の中で、静かにワインを傾ける吸血鬼が一人。
大きな硝子窓の前、赤いソファに腰掛けワインを口に含む男は、妖美な満月を肴に趣向を嗜む。
真っ赤なワインを傾ける吸血鬼の名前は、ヴラドといった。
ヴラドは、そっと赤いワインを揺らす。
月を映す瞳は綺麗なアメジスト色で、その深い瞳は全てを魅了するかの様に美しく艶やか。
漆黒の髪はまるで夜の色。闇に紛れたら溶け込んでしまいそうだ。
黒いマントを纏い、シルクハットを被っている姿は、正に正統派ヴァンパイアといった風体である。
ヴラドは大層な美貌の持ち主だった。
日を浴びたことが無い様な白い肌に、全てのパーツがバランス良く配置された顔。
精悍で凛々しく、また色香も醸し出しているヴラドは、背筋が凍る程の美貌を持っていた。
冷たいアメジスト色の瞳に囚われたら最後、彼の虜になり、果てには溺れていってしまうだろう。
ワインを揺らしながら上機嫌にアルコールを摂取していたヴラドだが、不意に大きな物音が聞こえて、思わず手を止めた。
「ん?」
(動物か…?)
音の大きさからして、野良犬や猫などといった類ではないらしい。
《ドタン…ガタン…》
屋敷の壁に何かを叩き付けている様な音。
(一体何だというんだ……)
せっかくの愉しい晩餐が台無しではないか。
不機嫌に眉を寄せたヴラドはワインを一旦置き、腰を上げた。
音からして、狐や鹿などだろうか。
不審に思いながら、ヴラドは屋敷の玄関へと向かう。
ギイ…と扉を開けて音の方を見てみると、そこには一匹の狼がいた。
大型の狼は、どうやら負傷して歩けないらしく、何度も立ち上がろうとするが結局は倒れて壁にぶつかっている。
「狼……?」
ヴラドは、首を傾げながら呟いた。
狼とは、これまた珍しい。確かこの森には狼はいなかった筈だが、どこからか迷い込んできたのか。
(音の正体はこれか)
思わずしげしげと眺めてしまうヴラドに気付いているであろう狼は、逃げようと再び立ち上がろうとするが、すぐに崩れ落ちてしまう。
相当弱っているらしい狼は、このまま放って置けばいずれ息絶えるだろう。
別に狼が死のうが死なないが関係ないが、このままここで物音を立てられても迷惑だ。
非常に面倒だが狼を屋敷に入れることにしよう。
ヴラドは倒れている狼に歩み寄った。
近付いて来るヴラドを警戒しているのか、苦しそうに荒い息を吐きながらも鋭い眼力を向けてくる狼。
ヴラドはその眼を見て、思わずハッと目を瞠った。
ヴラドを真っ直ぐ睨みつけて来る狼の瞳は、まるで蜜月の様な金の色をしていた。
「ほう……」
まるでぽっかりと浮かぶ満月の様なその瞳に、ヴラドは感嘆の溜め息を吐いて怪しく目を細める。
(……これは、いい拾い物かもしれない)
月の瞳を持つ狼。
ヴラドはすぐに狼を気に入って、妖艶な笑みを浮かべながらそっと狼に触れた。
狼はびくりと動いたが、噛み付く体力は残っていないらしく、抵抗すらしない。
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