月の瞳
10
「目が覚めたら、お前に名を与えようと思っていた」
「……はあ」
狼男は、戸惑いながらも頷く。
名前。そんなものを与えられる日が来るなんて思っても見なかった。
狼男は産まれたときから「あれ」や「これ」で呼ばれていたので、特に必要としていなかった。誰かに呼ばれるということもないので、それでいいと思っていた。
吸血鬼は狼男を真剣な眼でじいっと見つめ、しばし考えていたかと思うと、不意に唇を開いた。
「ギン」
「……?」
狼男がきょとんとすると、吸血鬼は再び「ギン」と繰り返した。
「お前の名前だ。東洋の国ではお前の毛並みの色をそう呼ぶらしいぞ」
「……はあ」
いまいちよくわからなくて、ぽかんとした間抜けな返事になってしまった。
狼男──ギンは、じっと吸血鬼の目をみる。目には顔よりも表情豊かに感情を宿す。それを知っているギンは、そうすることで真意をはかろうと考えた。
しかし、吸血鬼のアメジストの瞳には透き通った輝きがあるだけで、彼の感情はいまいちよく読み取れない。
吸血鬼はそんなギンを見ておかしそうに笑うと、頭をくしゃくしゃと撫でてきた。
「!?」
「ははっ。お前は大きい犬のようだな」
そう言って目元をほころばせ笑う吸血鬼に、思わず見とれてしまった。
なんて綺麗に笑う男なんだろう。
その邪気のない笑顔を見ていたら、僅かに残っていた警戒心も消えて、ギンは脱力した。
なんなんだ、この男は……。
まったく調子が掴めない吸血鬼に、なんだか疲れてしまって、目を閉じる。
やっぱり、この男はおかしい。
目を閉じると、抱き込まれている彼の体から甘い匂いが強く鼻孔を刺激して、ギンはくふんと喉を鳴らした。
「ん? 喉が渇いたのか?」
「……」
それに目敏く気付いた吸血鬼が、ギンの頭を撫でながら訊く。
認めたくなかったが、ギンは喉の渇きを自覚していた。
“何か”が飲みたくてたまらない。そしてこの渇きは、吸血鬼から発せられる匂いの強さに比例して増していく。
ギンは、“何か”の正体に気付いていた。けれども、にわかには信じたくなかった。
間違いない、自分はこ男の血が吸いたいのだ。
「遠慮することはない。お前は俺のモノだから、俺の血を求めることは必然だろう」
「……すまない」
「なぜ謝る? 言っただろう、必然だと。これからはこれが当たり前になっていくのだから、そんなつまらない遠慮なんて捨てろ」
【back】
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!