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【AA】double ace
Emperors【AA】





我が南聖都ガノッサには、誇るべき財産がある。



「皇帝!貴様の栄華も今日までだ!!」



その昔、戦死した兵士の意志を弔う為に、彼らの骸で創られたという門。



――ドカッ!!バキッ!!


どんな敵襲も寄せ付けない、完璧な鉄壁。

それが[南骸門]。



……だけど、



「はっはっは!!さぁ!次の挑戦者はどいつだ!?」


この人には必要ないものですよね?







‡Emperors‡






「マオ、今日はもう終わりみたいですよ」

「何!?まだまだ俺は行けるぞ!!」


全ての反乱軍を返り討ちにしても、未だ血気溢れるマオに、インガは落ち着いた声で制止した。


いつも通りの日常だった。

下剋上制度のあるガノッサでは、皇帝(の身代わり)であるインガの命を狙っている輩は数知れない。

ガノッサの民は誰もが武術を志す為、挑戦しようと寝殿に乗り込んでくるのは、日常茶飯事だ。

そして必ず、フィロワ(実は本物)であるマオが全ての挑戦者を倒す事も分かりきっている。

ここでインガが止めなければ、彼はその内、対戦相手を求めて寝殿を出て行ってしまうかもしれない。



「もう充分遊んだでしょう。そろそろ寝る時間ですよ〜?」

「……予知夢の時間と言ってくれないか?」


茶化すようなインガの言い草に、マオは口を尖らせる。

そして仕方無さそうに、振り回していた愛棒を布に仕舞い始めた。

最後に紐を結び終えると、収められた武器をインガに手渡す。


「また奇襲が来たら、すぐに起こせよ?」

「はいはい。全く、どっちが本当のフィロワなんだか」

「ははっ!!確かにな!!」


豪快に笑いながら、マオは玉座の奥の扉を開け、寝室に入って行く。

静かに閉められる扉を、インガ静かには見詰めていた。

そして、小さく呟く。




「本当に…、いつまでこんな風に過ごせるんでしょうね」


彼にしては珍しい重い溜息をつくと、インガは渡された棒を台座に立て掛けようとした。

――その時。




「インガっ」


突然、背後の窓の外から明るく声をかけられた。

だがインガは振り向こうとはしない。

声の主が分かりきっているのだろう。

渋々、背を向けたまま返事を返した。


「今日は遅かったですね、リア」

「ちょっとね〜!マオはもう寝ちゃった?」

「今ちょうど寝室に入りましたよ」


ようやくインガは、少女に向き直る。

外から身を乗り出して窓際に肘をつきながら、黒髪の少女はニコッと微笑んだ。


「いいの。今日はインガと話しに来たから」


そう言うとリアと呼ばれた少女は、軽い身のこなしで窓から寝殿の中へと入ってきた。

インガは『やれやれ…』と肩を竦める。




リア・キサラギ。

彼女はマオ・インガとは、いわゆる『幼なじみ』という関係だった。

子供の頃から常に一緒だった3人だが、マオが[夢神子]となり、インガも皇帝役に就いた為、なかなか昔の様に会える機会は少なくなってしまった。

なので、二人に会いに寝殿へ訪れるのがリアの日課となっていた。




「ね、今日の襲撃は何人くらいだったの?」


本来皇帝が座る筈の玉座にリアは腰掛けて、足をぶらぶらと楽しそうに遊ばせる。

初めは注意していたインガだったが、最早諦めてしまった様子だ。


「まぁ…ざっと10人くらいでしょう。
全く…ガノッサには暇人が多いようです」

「それマオが聞いたら怒るよ?」

「確かに、その相手をするマオも暇人ですからね」


他愛のない話で盛り上がる二人。

だがインガは急に会話を止めると、真剣な表情でリアを見た。




「ところで、私に話とはなんですか?」


リアはインガの真面目な様子に気付くと、玉座から立ち上がる。

そして少し悲しそうな瞳でインガを見た。





「もうすぐ、だね…。インガ」

「何がですか?」

「……分かってるくせに。
そういうとこ変わらないよね、昔から」




むっと頬を膨らませると、インガに背を向けた。
インガはそんなリアの背中を見て小さく笑う。



「そうですね。あと半年でマオは20歳になります」

「もー!分かってるじゃないっ!!」





――あと、半年なんだ。
マオが[夢神子]として戴冠するまで……。




本来[夢神子]は、先代から予知能力を受け継ぐと、すぐに戴冠式を行い玉座に就かなければならない。

だがマオは、見ての通り血気盛んで活発な青年。

更に[夢神子]の力のせいで寿命も縮まってしまう彼にとって、寝殿に縛られる生活はあまりに不敏だと周囲から同情され続けた。

そこで、幼なじみでありフィロワでもあるインガは、自らマオの影武者を買って出た。

だが掟に従順な一部の神官がその案に反対した為、マオが成人するまで…という期限付きの影武者となったのだった。


その事実を知るのは、当人のマオとインガ、一部の神官と…

そして、リアのみ。






「遅かれ早かれ、いつかは戴冠する時が来ます」

「インガはオトナだね。私はそんな考え方できないや…」



悲しそうに肩を落とすリアに、インガは目を向けた。

いや…睨んだ、という表現の方が正しいのかもしれない。

そんな視線に気付き振り向いたリアに、インガは冷たく言い放つ。




「…いい加減諦めなさい。
子供の頃の約束なんてマオは忘れてますよ」

「今日のインガ…なんか冷たーい!」



機嫌を損ねたリアは頬を膨らませる。
すると足早に、入ってきた窓から軽々と外に出た。



「インガなんて知らないっ!!
マオが起きる頃にまた来るもん!!」



そう言って、リアは走り去ってしまった。

本来ならば寝殿は[夢神子]とフィロワ以外は立入禁止となっている筈なのだが…。



「毎度毎度、どこから入ってくるんでしょうね。あの子は…」



インガは走り去るリアの後ろ姿を見送りながら、小さく呟いた。








リアがいなくなり、静まり返った玉座の間でインガは一人考え込む。



「約束、か…」




――リアはいい娘だ。

明るく、よく気が付き、困っている人は放っておけない優しい少女。

それなのに、インガがどうしても彼女に冷たい態度を取ってしまうのには、ある理由があった。






――――――――






それは、5歳だったマオの一言から始まった。




『リア、おれとけっこんしよう!』

『ぶふっ!!』



昼下がりの公園。
幼いマオとリアの面倒を見ていたインガ少年は、思わず吹き出してしまった。

そして慌てた様子で、砂場で遊ぶ二人に近付く。



『…マオ!?いきなりどうしたんですか?』

『きのう父上が言ったんだ。
けっこんする人、はやく決めなさいって。
じゃなきゃ勝手に決めちゃうんだって』



まだ意味の理解していない口ぶりのマオに、インガは溜息をついた。


マオの家柄は代々ガノッサの皇帝を務める武道一家で、幼いマオにも次期皇帝としての期待が集まっていた。

それに引き替え、リアは一般庶民の子。

一緒に遊ぶ事は許されても、結婚まで許されるとは思えなかった。



『…皇帝はもうマオの許婚を探しているのか。
しかも5歳児に自分で決めろって…』



無理がある、とインガは頭を抱えながら呆れていた。

すると今まで首を傾げていたリアが、明るくマオに言った。




『リア、マオとあそびたい!』

『おれとけっこんしたら毎日あそべるぞ!!』

『ほんとー?じゃあするっ♪』

『ちょ、ちょっと待ってください!』



ちょっと目を離した隙に、そんな会話を繰り広げる当人達。
インガは再び二人の間に割り込み、制止した。

そんな彼と裏腹に、リアは天使のような笑顔を見せる。



『リア、インガともあそびたい!』



そんな無邪気な言葉を口にしたリアに向き直り、インガは宥める様に言った。



『いいですか、リア?
マオは次期皇帝…つまりこの都市の偉い人になるのです。結婚は許されな』
『だったらインガもけっこんしよう!!』



マオが突然そんな事を言い出すものだから、インガは更に目を丸くした。



『…マオ?貴方は何を言』
『おれもリアとインガと毎日あそびたい!
だから、みんなでけっこんしよう!!』

『わぁ〜いっ♪けっこんけっこん!!』



手を取り喜び合うマオとリアを見て、インガは深い深い溜息をついた。






それは、遠い遠い昔に交わした約束。

無知な子供だった子供達は、無邪気に将来を誓い合った。




『やはりお前が予知夢を見たのか…マオ』

『……はい、父上』



15歳の時、マオは[夢神子]の力を受け継いだ。

そして自ら、当時の皇帝であり[夢神子]であった父君に力の継承を告白をした。

いつもの彼らしくない、俯いた姿で。


『マオ…我が息子よ。
[夢神子]とは聖都を繁栄に導く選ばれし者だ…。
お前ならきっと、立派に役目を果たすだろう…』



それが、父君の遺言。

前皇帝が寿命で死に至った後は、すぐにマオの戴冠式が行われる筈だった。

…けれど。





『やだっ![夢神子]なんかにならないでよっ!!』




それを唯一反対したのが――リアだった。





『リア…俺はもう決めたのだ。父上の意志を受け継ぎ、立派に[夢神子]の役目を果たすと……』

『それで役目を果たして死んじゃうんでしょ!?
結婚するって約束したじゃないっ!!』

『……すまない』



マオは俯き、泣き続けるリアにひたすら謝罪の言葉を述べた。

リアが欲しいのは、そんな言葉ではないのに…――





『私が、身代わりを引き受けましょう』

『インガ…!?』



正直自分でも驚いた。

フィロワである自分が、[夢神子]の戴冠を遅らせるなど、あってはならない事。

何より、前皇帝の意志に反する行為――。



『マオ…。貴方が成人するまでは、私が皇帝…そして[夢神子]として君臨します』

『しかしそれでは、民が納得しないっ!!』




ええ、それでも私は、

辛そうなマオを
泣き崩れるリアを

黙って見過ごせない。




『貴方はまだ、都市を背負うには早過ぎる』





私はマオのフィロワである前に





『貴方はまだ、人間の本当の幸せを知らない。
戴冠するのはそれを知ってからでも、遅くはないでしょう?』




貴方達の、幼なじみですから……―――





―――――――――





「――…ガ…インガっ」

「ん…?」



誰かに肩を揺すられ、インガは重たい瞼を上げる。
すると目の前には、自分を覗き込むリアの顔があった。

まだ完全に覚醒していないインガは、ぼんやりと辺りを見回す。
窓の外からは、赤い夕日の光が差し込んでいた。

そこでインガは、玉座に腰掛けたまま眠ってしまったのだと気付く。



「…もうこんな時間ですか。
リアはいつからここにいたのですか?」

「今来たばっかだよ。
もぉ〜!こんな所で寝てたら風邪引くよ?」



リアは腰に手を置き、呆れながら頬を膨らました。
そんな彼女を見つめ、ふっと小さく笑みを浮かべる。



「…懐かしい夢を見ました」

「へぇ…どんな夢?」



リアは首を傾げながら、興味津々に尋ねた。

『貴方達が子供だった頃の夢ですよ』
そう言おうとインガが口を開きかけた、その時。




――ギィィィ…




寝室の重い扉が、ゆっくりと開かれた。



「起きたぞ…」




二人が扉に目をやると、そこには寝起きのマオの姿。
まだ眠そうに目を擦り、頭に寝癖をつけたままだ。

途端にリアは笑顔を浮かべ、すぐさま彼に駆け寄る。




「おはようマオっ!」

「リア!」



愛しい幼馴染みの姿を確認すると、眠たげだったマオの表情は、みるみるうちに明るくなる。

そして走ってくるリアを、その腕で優しく包んだ。



――結ばれないと、分かっているのに…。



インガはそんな二人を複雑な気持ちで見つめていた。

そしてリアと笑いながら話していたマオは、何やら意味深に笑いながらインガに歩み寄る。



「聞いたぞインガ、お前居眠りしていたのか?」

「ええ…マオの起床があまりにも遅いので、待ちくたびれてしまいました」



インガは突然声をかけられ驚きつつも、いつもの様に笑顔で皮肉を言う。



「そ、そんなに寝過ごしたか!?」

「いつも通りだよ!まーたインガに遊ばれてるんだから…」


驚いて慌てふためくマオに、リアは呆れながらもフォローする。

そんなやり取りに『やれやれ』と肩を竦めると、インガは本題に入った。



「ところでマオ…夢はどうでした?」

「あ、ああ…。
ガノッサはこの先異常は無さそうだ。
…だが――」



マオは深刻そうに言葉を濁らせる。

顔を俯かせながらも、口を開いた。




「北の地の雲行きが、少し怪しいのだ…」

「…というと?」

「まだ現時点での確証はないが…北聖都で何かが起こるかもしれんな」



マオの告げた予言に、インガは顎に手をあて考え込んむ。



「北聖都インステラ…。そろそろ【カイザー】一行が訪れているかもしれませんね」



インガの漏らした呟きに、今まで困惑していたマオの表情が明るくなる。



「そうか…ケイいるなら安心だな!」

「ねぇねぇ!【カイザー】様ってそんなに強いの?」

「当たり前だ!少々気短だが、その強さは…」



リアの問い掛けに、マオが笑顔で答えていた、その時。



――バァァン!!



「皇帝!き、来ました!敵襲ですっ!!」

「…来たか」



慌ててやってきた兵士の言葉に、マオの目の色が変わった。
急いで台座の棒を手に取り、寝起きの姿のまま飛び出す。



「それではインガ!行ってくるからな!!
リア!気をつけて帰るのだぞ!!」



それだけを言い残すと、マオは嬉しそうに走って玉座を出て行った。

二人が残された部屋には、まるで嵐が去った様な静けさが訪れる。



「…マオってば寝起きなのに元気だねぇ。
流石は格闘バカ♪」

「まったくです…」


楽しそうに微笑むリアに対し、インガは眉間に皺を寄せて呆れ返る。
そしてリアは軽く背伸びをし、窓際へと歩み寄る。



「さて…とっ!私そろそろ帰るね!」


そう言うとリアは、ひょいっと軽い身のこなしで窓枠を飛び越える。




「リア」

「ん?なぁに〜?」


去ろうとする彼女の背中に、インガは声を掛ける。

リアは振り向き、首を傾げた。





――ザワッ…



一瞬、二人の間を風が吹き抜ける。




「…インガ?」



彼女の瞳に映ったインガの表情は、いつになく真剣だった。




「もう…ここに来るのはやめなさい」

「…どうして?」



冷たく言い放つインガの言葉に、リアは目を細めた。



――私は冷たくしている訳ではない。

リアの事を嫌っている訳でもない…。

だけど…――




「それが…マオと貴方の為だからです」



いくら今のマオが自由だからといっても、この状態が永遠に続く訳じゃない。

“その時”が来て、貴方達が傷付くのは、分かりきっているから――


…だが。








「やだよ」



リアの否定の言葉。

そう言うと思っていた。





「っ…リアはそれで幸せなんですか!?
自分を追い込んでまでマオに会う事に、一体何の意味があるんですか!?」



瞳を伏せ、溜息混じりに言った。
いつものインガらしくない焦った声で。

だがリアは意外にも落ち着いた声で、その問い掛けには答えず、逆に問い掛けた。





「ねぇ、インガ。幸せって…何?」

「え…?」



インガは瞳を見開き、顔を上げた。

リアは悲しそうな表情で問い掛ける。




「インガの言う私の幸せって、何なの…?
私が泣かないこと?私が傷付かないこと?
私がマオを諦めて、他の誰かと結ばれること?
そんなの全部、違うよ…」



首を横に振って否定し続けるリアを見て、インガは顔を悲痛の表情に歪ませた。




「私の幸せは、マオとインガと私が一緒にいられることなんだよ…。
どんなに短い時間でも、3人が笑ってすごせるなら……その時間は、私の1番の宝物だから」



そう言って笑ったリアの笑顔は、眩しいくらい輝いていた。




「確かに今二人から離れれば楽になるかもしれない。
でもそうしたら私、二度と笑えない気がするの。
寂しさと後悔に押し潰されて、死んじゃうかもしれない…」


一瞬曇った表情を見せたリアだったが、再び明るい笑顔でインガに言った。



「だから私は毎日来るよ…。
私が幸せだと感じる1番の時間だもんっ!
じゃ、また明日ね〜♪」

「リア…っ」


リアはそう言い残し、制止の呼び掛けに振り向かずに走って行ってしまった。

残されたインガは暫く俯き、やがて空を見上げた。



茜色の空はガノッサの町並みを朱く染めている。

それはまるで【カイザー】の髪を思わせる色。





――早く、早く。

決断してください、【カイザー】






――バァァン!!!




「インガっ!少し数が多い!援護を頼む!!」







――ガノッサを選ぶのなら

早くあの二人を幸せにしてください――







「仕方ないですねぇ…少しだけですよ?」






――他の都市を選ぶのなら

早く全てを消し去ってください。



結ばれない二人も、このもどかしい気持ちも…――








「そんなに多くないじゃないですか。
一人で相手に出来ませんか?」

「寝起きだから仕方ないだろうっ!!」





「まぁいい…行きますよ、マオ!!」

「…ああ!!」










――全部全部全部



――殺シテクダサイ――










『インガ、リア!やくそくだぞ!!』

『うん!3人いつもいっしょにいようねっ♪』

『はいはい……』





それは幼かった私達の、小さな約束だった。












Emperors 完





あとがき

【Emperors】(皇帝達)でした。
今回はインガ視点の過去話です。
リアは本編には出てこないのですが、ガノッサ編におけるキーパーソンです。
本編の方ではケイが[夢神子]について悩みまくっている時期があるので、他の[夢神子]やその周りの人の心境を書きました。

インガはマオとリアの結婚を1番に望んでいます。
それでも掟に縛られた二人は、結婚など夢のまた夢。

だからインガは、二人が結ばれない未来なら、いっそ全てを【カイザー】に消し去ってほしいのです。
裏が読めないだけに、色々と悩みは多いです。


マオは何も考えていないように見えて、実は物凄く悩んでいます。

【AA】イチ仲間想いのマオ。
インガに影武者などさせたくない。
リアに悲しい思いをさせたくない。
けれどその元凶は、全てマオ自身。

ならば自分に出来る事は、皆に心配を掛けないように明るく強く生きることしかない。

マオは、リアが大好きです。
もちろんインガも。





感想頂けると嬉しいです。


06.07.29

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