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【AA】double ace
LostRain【AA】






雨の日って、よく人から嫌われるものね。

傘を持ち歩かなくちゃいけないし、

子供は外で遊べない。

行事の前日なんかは、皆して晴れを願ってる。



…でも、私は好き。


あの日の私を、戒めてくれるから――…






‡Lost Rain‡





――…昼の雲り空。

賑わうクレミア市街から少し外れた場所に、古ぼけた施設がある。

建物自体は年期が入っているのだが、庭の草木はきちんと整えられており、花壇には可愛らしい花が並んでいた。

訳あって親のいない子供達が寄り集まって生活しているその施設の名は――…孤児院。

その孤児院は賑わう市街とは違って静かな外れに建っているせいか、いつも孤児達の笑い声が絶える事なく聞こえる。


…だが、この日は特に騒がしい。

古めかしい建物の、これまた年期の入った台所では、黒い髮の美しい少女が焼けたばかりのお菓子を皿に並べていた。

不意に、服の裾を掴まれた少女は目をやる。



「ユー、それなぁに?」

「これ?クッキーよ。あともう少しで出来るから、持っていくの手伝ってね」


黒い髮の少女の服を掴んで質問した幼い少女は、それを聞いて嬉しそうに笑った。


「うん!ルカ、ユーのクッキーだぁいすき!」

「ふふっ、ありがとルカ」


その笑顔につられて黒い髮の少女――ユーシィは微笑んだ。


ユーシィは、17歳という若さで東聖都の[夢神子]の力を受け継いだ少女だった。

[夢神子]は本来、クレミアの中央に位置する<夢幻城>から出る事を禁じられている。

だが戴冠式を終えていないユーシィは<夢幻城>を抜け出しては、よく自分の育ったこの孤児院に足を運んでいた。

ユーシィは少女ルカと共にクッキーを持って二階の遊び部屋を目指し、階段を上がる。

ふと、ユーシィはルカに尋ねた。


「そういえば、あのお兄ちゃんはどうしてる?」

「おにーちゃんはぁ…ダイたちとあそんでるっ」

「ダイ達かぁ…大変な事になってなきゃいいけど」


ユーシィは小さく溜息をついた。

いつもは一人で孤児の世話をしに来るユーシィだが、今日は違う。

その『お兄ちゃん』というのが、今回連れて来た青年である。

ユーシィとは出会ったばかりだが、その青年にクレミアを案内する途中でこの場所に来たのだった。


ちなみにルカの言う“ダイ”とは、孤児院のリーダー的存在の男の子。

明るく活発なのはいいのだが、時々悪さをしてはユーシィや院長先生を困らせている、いわゆる『ガキ大将』であった。

心配を抱えながらも、ユーシィは遊び部屋の扉を開ける。


「みんなー!おやつのじか」

「いってぇな!!髮引っ張んなよクソガキ!!」


ユーシィの声は、青年の大きな声によって掻き消される。

何事かとユーシィが見ると、玩具が散乱する遊び部屋の中では、8人の子供と朱い髮の青年が戯れていた。

恐らくチャンバラで遊んでいたのだろうか。

側に紙で作った棒が落ちている中で、ダイを含めた3人の悪ガキに翻弄される青年がいる。

その人物こそが破滅の使者【カイザー】の異名を持つ朱い髪の青年――ケイであった。


「いててっ!ちっとは手加減しろよ!!」

「ホントにかみのけがあかーい!」

「目もみどりいろだよ!」

「にぃちゃん【カイザー】なんだろっ?
しょーこ見せろしょーこ!」

『しょーこっ!しょーこっ!しょーこっ!』


子供達の容赦ない証拠コールに、ケイの怒りは頂点に達する。



「…こんのクソガ」

『いい加減にしなさーーーーーーーーいっ!!!!』


ケイが言うよりも早く、孤児院に鳴り響いた怒声。

子供達はぴたっと黙り、声のした方を向いた。


「ゆ…ユー姉…」

「全員オモチャを片付けて、手を洗って、大人しく席に着きなさいっ!!
じゃないとおやつ抜きよっ!!」

『は、はぁいっ!!』


ユーシィに言われ、子供達はもの凄い早さで片付けをこなす。

片付けを終えた子供達は、手洗い場へと一斉に向かった。

その様子をただ呆然と見ているケイ。

ユーシィはクッキーの入った皿を机の上に置き、水の入ったコップをケイに渡す。


「大丈夫?うちの子たち元気いいから…。はい、お水」

「(ユーシィの説教癖の原因はこれか…)」

「どうかした?」

「べ、別に」


ケイは首を傾げるユーシィからコップを受け取ると、慌てて水を飲み干した。

すると子供達が手洗いを終えて戻ってくる。


「さっ!おやつにしよっか」

『いただきまぁす!』


手を合わせた子供達は、一斉にクッキーを手に取り頬張った。

子供達のおやつタイムが始まると、ケイは椅子から立ち上がり部屋を出ようとする。


「ケイ、どこ行くの?」

「ちょっと休憩…。休む場所ねぇの?」

「それなら一階の廊下の奥に仮眠室があるわ。
ついて行こうか?」

「いや、いい」


ケイは仮眠室の場所を聞くと、ユーシィに背を向けヒラヒラと手を振って部屋を出た。

すると、やれやれという感じの溜息をつくユーシィにダイは質問する。



「あの兄ちゃん、ユーのコイビトか?」

「え、な、何言うのっ!!違うわよ!!」


ユーシィは慌てて否定する。


「ふぅ〜ん…でも仲いいよなー!
みんなもそう思うだろ?」

『おもうー♪♪』

「だから違うってばっ!!」


声を揃えて答える子供達にユーシィは、ほのかに頬を染めて否定し続けた。

――その時。




「あめっ」


小さなルカが声を挙げる。

その声に反応したユーシィは、窓に近付いて外を見た。

美しいクレミア市街に、鈍色の空から舞い降りる小粒の雫――…

ユーシィは暫くその景色を眺めると、ドアに歩み寄った。



「…ちょっと出掛けてくるから、皆いい子にしててね」


そう言うと、ユーシィは部屋を出て行った。







「――…ん?」


仮眠室にて横になっていたケイは、窓の外から聞こえる雨音に気付き、上半身だけ起こして外を見た。


「雨か…」

「雨ね…」


どこからか聞こえた声に、ケイは一瞬『ん?』と考えた。

いつの間にかベッドの隣には、眼鏡を掛けた女性が立っている。


「うわっ!誰だあんた!?」

「やぁね〜気付くの遅いわよ!
私はこの孤児院の院長をしてるアズサよ。よろしくねっ」


大らかな印象を与えるその女性は、ニッコリとケイに微笑む。


「子供達の相手してくれてありがとね。
ユーの連れでしょ?」

「ユー…?あ、ユーシィの事か」

「そうそう。あの子は昔からそう呼ばれてたから、今でも定着しちゃって♪」


院長先生は楽しそうに、ケイに喋り続ける。

話し終わると、窓の外をもう一度見た。

ケイもつられて空を見る。


「雨…降っちゃったかぁ。こうなると、ユーは中々帰ってこないからなぁ」

「え?ユーシィなら部屋にいたけど…」


ケイの言葉にアズサは困った様な笑みを見せると、窓の外を指差す。


「あのコ、雨降ると外に出るのよ」

「雨降ってるのにか?」

「降ってるからこそ、よ」


ケイは意味が分からず、とりあえずアズサが指差す方に視線を向ける。

そこには雨の中、一人で庭に立ち尽くすユーシィの姿があった。



「げっ!あいつ傘も差さずに何してんだよ!?」


――あんな薄着で、このままじゃ風邪を引く。

ケイは慌ててベッドから飛び降り、仮眠室を出ようとした。


「待って」


だが、アズサによってピタリと制止される。



「いいのよ、あのコの気が済むまでだから」

「気が済むまで…って、どういう事だ?」


アズサは再び外に立ち尽くすユーシィに視線を向ける。

彼女は背を向けている為その表情は伺えないが、アズサは何かを察していた。



「ユーから聞いたけど、あんた【カイザー】なんだって?しかも昨日まで自分の正体知らなかったとか!」

「…悪かったな」

「あははっ!その拗ね方、うちの子達に似てるわ〜♪特にダイとか!」

「ど、どういう意味だっ!」


大笑いをしながら茶化すアズサに、ケイは子供のようにムキになって反発した。


「…そうね、何なら話したげよっか?
ユーがあそこにいる理由」

「え…?」

「あんたはその瞳で世界を見るんでしょ?
うちの[夢神子]の事情を知っとくのも、悪くないと思うよ?」




―――――――



あれはそう…一年前、
ユーがまだこの孤児院にいた頃。

ユーには、二つ年上のサンっていうお兄ちゃんがいたんだ。

お兄ちゃんって言っても本当の兄妹じゃないけどね。


うちの子達は、みんな事情があって親がいないからさ。

ユーは産まれてすぐに両親が事故で亡くなって、ここに来たんだけど。


サンの場合は……親に捨てられたんだ。

よく晴れたある日に、サンは孤児院の玄関前に置き去りにされてた。

まだ赤ん坊で…必死に泣いて母親を呼んでたよ。

サンには名前がなかった。
そこで当時の院長先生に言われて、何故かまだここで働き始めたばっかりのあたしがサンの名付け親になったんだ。

『サン』って…どこかの民族の言葉で『太陽』って意味なんだ。

雲一つない晴天の日にやって来たから、
たとえ捨てられた孤児だとしても、太陽のように輝いてほしかったから、

…そういう意味よ。


まぁとにかく、
ユーとサンはいつでも一緒だった。

遊ぶのも、御飯も、おやつも、お風呂も――…



「風呂ぉ?!」


ケイの叫びによって話は中断された。


「あのねぇ…まだ子供の頃の話よ?」

「あ、そっか…」

「少年、話戻すよ?」



さて…どこまで話したっけ。

え〜っと…あ、そうそう。

ユーが、[夢神子]の力を受け継いだ日の事だ――…





一年前のある朝。

この日も朝から、大粒の雨が降っていた。



「変な夢?」

「うん、変っていうか…嫌な夢」


いつものように起床したユーシィは、皆と朝食を取っていた。

コップに口を付けてミルクを飲みながら、ユーシィは目の前に座るサンに夕べ見た夢の話をする。


「それって…起きた後も覚えてるんだろ?
そういう夢は正夢にならないって聞いたことあるけど」


サンはパンを口に頬張りながら話す。

そんなサンにユーシィは眉を潜めた。


「…サン兄、食べながら喋るのはやめて!
お行儀悪いわ!」

「へいへい、っと」


サンは口の中にあるものを、慌ててミルクで流し込む。

そんなサンの行動を見届けると、ユーシィは小さく笑った。


「…そうよね、気にするのやめるわ」

「おう!偉いぞ、ユー♪」


サンは元気よくユーシィの頭を撫でると、食べ終えた食器を台所へ片付けた。



「子供扱いしないでっ」

「いやぁ〜だってユーは俺のかわいー妹だし?
んじゃ!兄ちゃん行ってくるからな〜」

『いってらっしゃ〜い!』


先生や孤児達に見送られ、サンは部屋を出て行った。

当時17歳で子供達の最年長だったサンは、孤児院の経営を助ける為に猟師として生計を立てていた。

この日も手頃な獲物を取ってくる為、いつも通りに出掛けたのだ――…

ユーシィは恨めしそうにサンが出て行ったドアを見つめ、撫でられてボサボサになった髪を手ぐしで直す。

すると、当時まだ孤児院で手伝いをしていたアズサが、窓の外を見ながらユーシィに話し掛けた。


「止まないねー雨」

「アズ先生…」

「ねぇユー、ちなみにどんな夢だったの?」

「…あんまり言いたくないんだけどな」

「話したらスッキリするかもよ?
有り得ない夢だったら、私が大笑いしてあげるからさぁ♪」


白い歯を見せてニコッと笑うアズサ。

つられてユーシィも微笑むが、すぐに俯いてしまった。

暫くして、ゆっくりと口を開く。





「…サン兄が、河で溺れて死んじゃう夢」






―――――――




話を聞いていたケイは、顔を歪ませる。


「…それって…」

「ユーの夢は現実になったわ…。
獲物を深追いしたサンは、雨で増水した河に足を滑らせて…死んだ」


沈黙が流れる。

ひらすら鳴り響く雨の音が、耳障りに感じた。

院長先生は、ふぅっと溜息をつくと再び窓の外のユーシィを見た。


小粒だった雨は、いつの間にか激しくなっている。

だが、ユーシィは未だそこに立っていた。

彼女の小さな後ろ姿をケイも黙って見つめる。


「…先代の[夢神子]キオラ様が亡くなってから、[夢神子]不在のクレミアは本当に活気がなかったの」


院長先生は静かに話し始めると、側にあった椅子に腰掛けた。


「この事件で、ユーに[夢神子]の力が受け継がれたと分かって民は大喜びだった。
…ユーは、ひたすら泣いて自分を責めていたけどね」




『私…知ってたのに…っ!
サン兄が河に行ったら危ないって…言ってあげれば良かったのに……っ!!

私…っ私がサン兄を殺したんだっ!
私が…わた、しが…っ』




――ばぁんっ!!!!


突然ケイは、仮眠室のドアを乱暴に開けた。


「傘、あるか?」


アズサは椅子から立ち上がって、ケイを制止する。


「やめなさい!私だってあんなにずぶ濡れになるユーを何度も止めたわ!
『こんな事してもサンは喜ばない』って…。
でもそれじゃあユーの気が済まないのよっ!!
あれが…サンに対するあのコなりの償いなの」


ケイは振り向きアズサを見た。

雨のせいか、その翡翠は哀しみの色を帯びている。



「…だからああやって雨に当たって、ずっとそいつに償ってるって言うのか?」


アズサはケイの言葉に静かに頷く。

ケイは少し俯くが、顔を上げてアズサに再び尋ねた。



「傘…貸してくれないか」





――――――――



冷たい。

寒い。


…馬鹿げてると思うわ。

こんな事してもサン兄が戻ってこない事くらい、分かってる。


だけど、何かせずにはいられないの。

この雨だけが、私とサン兄の唯一の繋がり。

雨が降る度に、太陽の名を持つ君に…償う。






不意に、瞳を伏せていたユーシィは違和感を感じた。

ゆっくりと瞳を開くと、自分の周りに雨が当たっていない事に気付く。


背中には暖かい温もり。

顔を上げて振り返ると、そこには自分に傘を差し掛け、着ていた上着をユーシィの肩にかけるケイの姿があった。


「ケイ…」

「…風邪引くぞ」


ユーシィは大して驚かなかった。

心のどこかで、違和感の正体はケイの優しさだと気付いていたのかもしれない。



「…ふふっ」


自分を哀れむように見つめてくるケイに、ユーシィは冷たく笑った。


「アズ先生から聞いたんでしょ?…サン兄の話」

「ああ…」

「知っているなら、止めないで」


そう言うと、ユーシィは傘を持つケイの手を押しやった。

冷たい感覚に再び襲われる。

けれど、これでいい――



「…同情なんていらないわ。放っておいてほしいの」


どんなに引き止められても、ユーシィの決心は変わらない。

――…だが。



「…あ、そ」


以外とあっさり諦めるケイは、ユーシィに差し掛ける手を引っ込めた。

その意外な行動に、ユーシィは驚いて目を見開く。

彼女の異様な視線を感じたケイは、眉を潜めた。


「…なんだよ?」

「あ…えと、意外とあっさりしてるなぁって思って」

「止めて欲しいのか?」

「そうじゃないけど…」



ケイは空を見上げた。

相変わらず天気はご機嫌ななめで、雨雲は太陽を遮っている。


「ユーシィが自分で決めた事なんだろ?
俺が口出しする権利はない…。
――だけど」


そう言うとケイは、手に持っていた開いたままの傘を地面に落とした。



「ケイ…!?」

「今日だけは、俺も一緒に償ってやるよ」


ケイはニッと笑い、再び空を見上げた。

彼の朱い髪は、鈍色の空がら落ちた雫によって濡れていく。

普段着ている上着をユーシィに着せている為、黒いシャツで雨に打たれるその姿は見ているだけで寒々しい。

ユーシィは見ていられなった。

急いで落ちている傘を拾って、ケイに差し掛ける。



「やめて…貴方が風邪引いちゃう!
これは私が勝手にやっている事だから貴方まで付き合う必要ない!!」


そう言うと、ケイの鋭い翡翠の瞳がユーシィを射抜く。

その冷たい眼差しに、ユーシィは思わずびくりと肩を震わせた。


「止めるな…俺はお前のやる事に口出さない。
だからお前も俺のやる事に口出すな」


そう言うと、ユーシィの傘を持つ手を握り、下へ降ろす。

顔に当たる雫に冷たさを感じながら、ケイはそっと瞳を閉じる。

容赦なく降り注ぐ雨に向かって、ケイは呟いた。




「どうか…
どうかユーシィを許してください」

「ケイ…っ」

「ユーシィは何も、悪くないんだ」



雨粒が、止み始める。




「どうか、ユーシィを許してください…」




――…ドウカ

ユーシィヲ

ユルシテクダサイ――…




ゆっくりと、ケイは瞳を開く。

さっきまでの雨が嘘だったかのように、止んだ。

雲の間から太陽が降り注ぎ、うっすらと虹がかかる。

隣を見ると、驚いて空を見上げるユーシィが目に入った。

ユーシィは、ゆっくりとケイの顔を見上げる。

目が合うと、ケイはニッと微笑んだ。



「許してくれたみたいだな…」


その時ユーシィは、雨の雫のせいか分からないけれど。


「…うん」


涙を流しているように見えた―――…




――――――――




「まぁ〜ったく!」


アズサは呆れながらも、ずぶ濡れで帰ったケイとユーシィにタオルを渡す。

雨が止み虹が出現したことで、子供達は大喜びで庭を駆け回っていた。


「馬鹿ね〜こんなになるまで濡れるなんて」

「…悪かったな」


ケイは着ていたシャツを暖炉で乾かしながら、むすっと拗ねる。


「風邪引いたって知らないんだからね!」

「いーから…早く風呂沸かしてくれ」

「生意気〜〜その口の聞き方!」


ユーシィはそんな二人のやり取りを笑って見ている。
笑われた事にむっとしたケイは、ユーシィに歩み寄る。


「ユーシィ」

「え…何?」


ケイはユーシィが持っているタオルを奪い取り、乱暴に彼女の髪を拭いた。


「いっ!痛い痛い痛いっ!」

「うるせえ!これに懲りたら二度と迷惑かけんな!」


その言葉に、ユーシィはハッと俯いた。


「迷惑、かけちゃってごめんなさい…」

「バカ、相手が違う。
…それに『ごめん』じゃないだろ」


ケイはユーシィの髪を拭き終えると、アズサを顎で指す。


「…一年前からずっと、雨に打たれるお前を見守ってきた人に感謝しろよ」


ユーシィはケイに言われるがまま、アズサの傍へ歩み寄った。

アズサは優しく微笑んでいる。


「…サンは許してくれてたでしょう?
もう、雨に償う必要はないのよ」

「うん…ありがとうっ!アズ先生!!」



ユーシィは微笑んで、心を込めて感謝した。



「あっ、そう言えば!」


突然、アズサは思い付いたようにポンと手を叩く。

ケイとユーシィは首を傾げた。


「今月の水道代ピンチなのよ〜!
悪いんだけど、節約の為に二人いっぺんにお風呂入ってくれると嬉しいんだけど…♪」

「なっ…」

「入りません!!」


多大な問題発言にケイは動揺するが、ユーシィはキッパリと断言した。

だがアズサは悪びれる様子もなく口を尖らせた。


「どうして〜?ユーはサンと入ってたじゃない?」

「あれは5歳までの話でしょっ!
いつまでも子供扱いしないでっ!!」

「な、なんだ冗談か…」


アズサの悪ふざけだと気付いたケイは、ホッとしたようなガッカリしたような心境だった。

そんな彼の表情を見ながら、彼女は小さく呟く。



「…ぼそっ(ていうか、大人だからこそ言ったんだけどね)」

「…先生、何か言ったかしら?」

「なぁ〜んにも♪」









―――雨の日になると、思い出すんだ。



あの日流した涙を

あの日感じた傷みを




でも、もう…いいよね?

前に歩いてもいいよね…?



サン兄の事は、忘れられない。


忘れちゃいけない。




でも、雨に打たれて思い出すのは後悔ばかりなんだ。


サン兄との、楽しい思い出も大切にしたいの。




だから今度は、太陽が輝く日に思い出します。



太陽の名前を持つ貴方に


償う為じゃなく

感謝する為に――





ねぇ、サン兄。

今、私が笑えるのは、サン兄のお陰だよ。





サン兄と、ケイのお陰なんだよ…?










すっかり暗くなった空の下。

ケイとユーシィは孤児院から<夢幻城>へ帰る道を歩いていた。

途中、ゲートの説明や[夢神子]の末路など話していたユーシィは、突然ケイの前で立ち止まった。



「…どうした?」

「まだ…ちゃんとお礼言ってなかったなぁって」


ユーシィは、満面の笑顔をケイに見せた。

まるで、大輪の向日葵のような笑顔だ。





「ありがとう…っ」





ありがとう…。


私はまだ、笑っていられるよ――…








Lost Rain 完






後書き。

Lost Rain(直訳は失われた雨)でした。
この話は本編に入れようとしていたのですが、梅雨の時期なので朱音が待てなくなってしまいました…(馬鹿)

今回はユーシィの話です。
時期は第1章で教会のステンドグラスを見た後くらいですね。
ユーシィが[夢神子]として始めて見た未来が、身近な人の死だった、という設定は前から考えていました。

サンはユーシィの初恋相手、という裏設定アリ。

感想頂けたら嬉しいです。


06.06.15

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