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【AA】double ace
Memories【AA】







いつの記憶だっけ…

この懐かしい感じ。




それはすごく
暖かくて、優しくて



そして、すごく――…





『ケイっ!!』



――ぱぁんっ!!






痛かったんだよな――…













‡Memories‡








時刻は夕暮れ過ぎ。

夕日色に赤く染まっていた空は、既に暗くなり始めていた。

沢山遊んで腹が空いた俺は、森の奥深くにある住み慣れた家へと足早に帰った。


いつもなら家に帰ると、母さんが優しい笑顔で『お帰り』って迎えてくれる。


…筈なのに。





「ケイっ!!」


――ぱぁんっ!!


「うぎゃっ!?」



家の扉を開けた瞬間、突然頭を叩かれた。


「いてぇっ!何すんだよ!」

「お黙り!また母さんの言うこと聞かずに街へ行ったわね!?」


母さんはなんでもお見通し。

――それもその筈。

いつもより遅い帰宅。
いつもより汚れた服。

…疑わない方がおかしいよな。


「かあさんだってよく街に行くだろ!?
なんでおれはダメなんだよ!!」


俺は母さんに森から出るなと強く言い付けられていた。

その理由を深く考えた事はない。


「街は危ない場所だって何度言ったら分かるの?
黙って母さんの言うこと聞きなさい!」

「ぜんぜんあぶなくないよ!おれも街に行って遊びたかったんだぁ!!」


俺が駄々をこねていると、母さんは大きく息を吸い込んだ。


――…そして、





『いい加減にしなさーーーーいっ!!!!』




その怒声は、恐らく山中に響き渡ったと思う。

当時の俺にとって、怒った母さんは世界で一番怖い存在だったから。

俺は小さく『はい…』とだけ返事をした。


反省したのを確認したのか、母さんはさっき叩いた俺の頭に手を伸ばして今度は優しく撫でてくれた。


「ほら…早く手を洗ってらっしゃい。
ご飯冷めちゃうから」

「…うんっ」


ようやく笑顔を見せた母さんに安心して、俺も素直に手洗い場へ行く。





小さい頃はこんな風に毎日を過ごしていた。

外に出る時は帽子を被るのが習慣で、昼間は一人で森の中を探険する。

でもすぐに飽きてしまうんだ。
外で遊ぶのは嫌いじゃないけど、一人が退屈だから。

たまに母さんに内緒で街へ行った。

建物が沢山あって、
人がいっぱいいて、
皆、笑ってて…。

それを物陰から見てるだけで、幸せだったんだ。


でも、今日は違った。



「ねぇ母さん!おれ、友達できたんだ!」

「えっ…」


俺が笑顔で報告すると、母さんは食器を洗っていた手を止めた。


「そいつ森に行った事ないって言うから、今度うちに遊びにくるって!いいだろ?」


初めて出来た、俺の友達。

母さんも一緒に喜んでくれると思った。


…だけど返ってきた言葉は、



「…ケイ、もうその子とは遊んじゃ駄目よ」


母さんの口から出た残酷な言葉に、俺は椅子から立ち上がって反論した。


「なんでだよ!?そいつ、すごくいいやつだよ!!」


母さんは洗っていた食器を置いて歩み寄り、俺の目線になって肩に手を置いた。


「…あのね、ケイ。母さんがすごく自分勝手な事を言ってるのはわかってる。
母さんもケイに友達が出来て嬉しいと思ってる。
…だけど、ケイは街へ行っちゃ駄目なの。
友達も…作らない方がいいのよ」




―――ひどい。


ひどいよ、かあさん。


せっかく仲よくなれたのに。


もう会っちゃいけないの――?




「かあさんのばかっ!」

「ケイ、待ちなさいっ」

「やだやだやだぁ!!はなせっ!!」



俺の腕を掴んでくる母さんの手に、思い切り噛み付いた。


「…っ」


口に広がる、鉄の味。

小さく悲痛の声をあげると、母さんは俺を離した。

その隙に奥の寝室へと逃げ込む。



母さんは追って来なかった。

俺はベッドに突っ伏して、一人で泣いていた。









どれだけ時間が経っただろう。

泣き疲れて眠っていた俺は、窓から差し込む月明かりで目を覚ました。

部屋の扉をそっと開けると、暖炉の前で編み物をする母さんの姿が見えた。


その手には、痛々しく包帯が巻かれいて…。

でもそんな傷ついた手で、母さんは一生懸命何かを編んでいた。



「…かあさん…」

「ケイ…起きたの?」


俺は母さんに歩み寄って、母さんが片手で巻いた不格好な包帯に手を置く。


「…ごめんね、ケイ」


母さんからの謝罪の言葉。

俺は無言で首を横に振って、拙いながらもその包帯を巻き直した。




「かあさん、さっきから何を編んでるの?」

「これ?ケイの帽子よ」


母さんの返事に、俺はキョトンとした。


「おれ、ぼうしなら持ってるよ」


俺はクローゼットからいつも被っている帽子を取り出して、母さんに見せた。

母さんはボロボロで色褪せたその帽子を手に取ると、優しく微笑む。


「これはケイが赤ちゃんの時から被ってた帽子だから、もう七歳になったケイには小さいでしょ?」


そう言うと母さんは編み棒を持って、最後の仕上げに取り掛かった。


「ほら、完成っ」


毛糸を切って、出来たばかりの帽子を俺の頭に被せる。


「わ…」


すっぽりと頭を覆い隠す帽子は、少し大きくて、暖かかった。








「外に出る時にこれを必ず被るって約束できるなら…時々、街をこっそり見るくらいは許してあげる」


「ほんと!?」


きらきらと目を輝かせる俺に、母さんは困ったような笑みを見せる。


「でも絶対に人に見られちゃ駄目よ。
お友達も作っちゃ駄目。
…この約束を守れる?」


その約束は、俺にとってすごく難しいものだった。



でも何より、

母さんが俺の為に編んでくれた帽子が、


暖かくて、嬉しくて…





「…うん、おれ約束する!」


俺は嫌な顔しないで、そう誓った。





それからの俺は、新品の帽子を被って街を見に行くようになった。

自由に歩き回ることは出来ないけれど、子供だった俺には充分な刺激だったんだ。


母さんだけは相変わらず普通に街へ行くけど。

俺は約束を守って、誰とも会わず、誰とも話さずに過ごした。

最初は少し疑問があったけれど、不思議と今はそれが当たり前のように感じていた。


何より、母さんを困らせたくなかったから。

母さんが、大好きだったから…。










そうして、10年の月日が流れた。

相変わらず俺達母子は、山奥の小屋でひっそりと生活していた。

俺は昔、駄々をこねていたのが嘘のように、この生活に満足していた。

これから先何があろうと、俺と母さんはこの小屋で暮らしていくんだと、確信していたのだ。


何も変わらぬ毎日をこれからも過ごすのだと。


そんな、ある夜の事だった。



「ねぇケイ、星を見ようか」


母さんからの突然の誘い。

俺は久々に母さんと夜の森を歩いた。


家を出て、暫く森を歩いた所に一箇所だけ木が茂っていない場所があった。

それは、俺たち母子しか知らない秘密の場所。

まるで吹き抜けのプラネタリウムみたいで、星がよく見える特等席。

昔から俺は、よくここで母さんと星空を見て、色んな事を教わった


1000年前にゼフォムが東西南北に別れたこと。

クレミアの状勢。

星座の見方とか。


――【カイザー】に纏わること以外の話をしていた。


いつもは母さんから色々な事を話してくれるけど、
この夜は、珍しく俺から質問したことを覚えている。



「なぁ…母さん。俺の父さんってどんな人だったんだ?」


草の上に腰を降ろしていた母さんは、その隣に立つ俺を見上げた。


「…珍しいわね。ケイが父さんの話をするなんて」

「別に…ただ何となく」


母さんは『そう』と小さく笑って話し始めた。


「…父さんはね、優しくて強い人だった。
父さんの周りには常に人がいて、皆から慕われていたわ。
そんな父さんが母さんは大好きだったし、父さんは母さんをすごーく大事にしてくれたのよ」


ふふ、と嬉しそうに笑う母さんは、まるであどけない少女のように見えた。

だからこそ、俺は敢えて否定的な言葉を吐き捨てたんだ。


「…でも結局は、俺を身篭った母さんを置いて死んだんだろ?
大事な人を守れずに死ぬ奴は、弱い証拠だと思うけどな」

「ケイ…」


父親の顔を知らない俺は、母さんを一人にした父さんを憎んでいた。


母さんが言うには、
旅人だった父さんは、母さんと出会う前に各地を旅していて、流行りの伝染病にかかってたそうだ。

病気で死ぬことを分かっていながら、母さんと一緒になった父さんを許せなかったんだ。


「幸せにできないことを知ってたなら…最初から好きにならなきゃ良かったんだ」


そう言うと俺は母さんの隣に腰を降ろして、草の上に寝転んだ。

満天の星空が俺の視界に広がる。

すると、母さんが口を開いた。



「――例え死ぬことが分かっていても、自分の気持ちを抑えられない。
それが人を好きになるということよ。

…ケイもきっと解る時が来るわ」


「…俺は、自分が幸せに出来ない人を好きになんかならないよ」


大体、人と触れ合えない自分がどうして他人を愛せるのか?


俺は鼻で笑う事しか出来なかった。








その時の母さんの言葉の意味を理解しないまま、時間が過ぎた。

強く吹き抜ける風が身に染みて、さすがに夜の森は冷えると感じた。


「…そろそろ帰ろうか」


俺は母さんを促そうと体を起こす。


その時だった。





――…ドサッ



突然、俺の隣に座っていた母さんは勢いよく地面に倒れ込んだ。



「母…さん?」


呼んでも返事がない。

母さんはただ呼吸を荒くして、苦しそうに胸元を押さえていた。



――…鼓動が、速まる。




「――…っ母さん!!!!」






俺は、何も知らなかった。


母さんも、

父さんと同じ病気だったなんて。



心臓に負担のかかるその病気は、街の医者じゃなきゃ治せない。


急いで母さんを連れて帰り、ベッドに寝かせた俺は、迷わず医者を呼ぼうと家の扉を開けた。


…だけど。



「ケイ…っ」


母さんは弱々しい声で俺を呼び止めた。


「…約束したでしょ?
街へ行っては駄目よ…」

「なんでっ…こんな状況になってまで、どうしてそんな事言うんだよ!?」

「絶対に、駄目…」


母さんは目をつむって、何度もうわ言のようにそう言った。


俺には…何も出来なかったんだ。





何度、約束を破ろうとしたか。


日に日に弱っていく母さんを見ていられなくて、

何度、街へ行こうと家の扉を開けたか。


だけど、母さんは必ず引き止める。




それから初めて、母さんが頻繁に街へ行ってた理由が解った。

母さんは街の医者に診てもらえないと、こんなにも苦しい思いをすることになるんだ、と。


何度も、泣いた。


それでも俺には、
何も出来なかったんだ――…





「…ケイ」


母さんが倒れてから、一年の月日が流れた。

俺は毎日、母さんに付き添って看病を続けていた。


母さんが戸棚に隠してた医者の薬も尽きてしまった、ある日。


苦しそうに呼吸をする母さんが俺を呼んだ。

元々細かった母さんの体は更に痩せていき、

歩くことも困難で、
青白い顔色は酷くなっていった。


殆ど廃人となりかけた母さんは、昔と変わらない優しい瞳で俺に言った。



「ケイ…私はもうすぐ死ぬわ…」

「母さん!」

「…だからよく聞いて」


俺は母さんの手を強く握った。


「私が死んだら、山を下りて聖都へ向かいなさい」

「聖…都?」


――今になってどうして…



「そこでクレミアの中心人物に会い、自分の運命を知りなさい」


―――母さんは何を言ってるんだ?



「その運命を受け入れるか拒むかは、貴方次第だけれど…」


――俺の運命って何?




「ケイならきっと…道を切り開けると信じているわ……」

「母さん…何のことか、分からないよ」



涙で視界が滲む。

ぼやけていたけど、母さんが笑ってるのは分かったんだ。


俺の頬に、痩せ細った指を滑らせる。



「ケイ…ごめんね。

ずっと私の我が儘に付き合わせて…、

こんな方法でしか貴方を守れなかった私を、どうか…許してほしいの…」

「なんで謝るんだよ…」


俺は首を横に振って、頬にあった母さんの手を握る。



「ケイ…私の、息子。
貴方を、産んで…本当に良かっ、た。

あな、た、の――…」






その先を小さく呟くと、


俺の頬にあった母さんの手が、




滑り落ちた。














「――っ!!!」













――俺はひたすら走った。



走って 走って



俺と母さんの、秘密の場所を目指した。





天気は雨。


空の色は薄暗くて。



冷たくて 悲しくて



まるで、俺みたいだった。













――貴方の…

母親で良かった―――








俺もだよ、母さん。


母さんの子で良かった。










俺は何度も問い掛けた。



――なんで母さんは俺を遺して死んだんだ?



――俺の運命ってなんだ?




森中に聞こえるくらいに泣き叫んでも、誰も答えてくれなくて。



まるで、

世界に俺だけ取り残された気分だった。







――例え死ぬことが分かっていても、自分の気持ちを抑えられない。
それが人を好きになるということよ。

…ケイもきっと解る時が来るわ――





だから母さんは、自分が死ぬと分かっていても俺を産んだのか?




産まれてくる俺を

愛していたから?





俺にはきっと、一生分からないよ…。




ずっと傍にいられない事を知りながら、優しくなんか出来ない。




幸せに出来ないなら、始めから愛さない…。



――自分が愛した人に、俺みたいに泣いてほしくないから。





そう強く思った瞬間、

心の中で何かが弾けた。







気付いたら、俺は母さんとの思い出の場所を








跡形もなく、

消していた――――





















――さぁ、出掛けよう。



荷物は少なくていい。



ほんの少しの食料と、

頭を隠すマントがあれば充分だ。





今から会いに行くその人物は、
俺の運命を知っている。





「――ここに、この場所に俺の運命があるんだ…」




遠くからしか見たことのない街。


小さな俺が夢見ていた街。


今はただの、子供の玩具にしか見えない街。




もし気に入らなかったら、


あの時に授かった
この【力】で



この玩具を

壊せばいいだけ。







さぁ、行こうか。


運命を知る為に――













Memories 終













〜あとがき〜



ケイの過去話でした。

ケイは産まれた時から母親以外の人と触れ合うことがなかったので、人を愛するということが分からないんです。

ただ漠然と『人は好きになることも嫌いになることも簡単にできる』と思ってます。

本当に人を愛することは、例え幸せになれなくてもその気持ちを通すものだと朱音は思います。

だって自分にとっての幸せは、その人を愛することにこそあると思うので。

ケイはその気持ちをこれから理解できるのでしょうか…?


感想、頂けたら幸いですm(_ _)m



2006.6.4

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あきゅろす。
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