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:Dearest:
白亜の空間






――清楚な白い部屋。

同じく白いカーテン越しに降り注ぐ陽の光によって、その室内を明るく見せる。

そんな中、小児科医の橋野由佳(はしのゆか)は、ベッドから顔を出さない一人の少年に頭を捻らせていた。

少年の名は、桐崎大樹(きりさきだいき)。



「大樹くん、いー子だからお薬飲もう?」

「やだやだやだぁっ!!オレは絶対にだまされないぞ!!」

「ははっ、私が何を騙すっつーのよ…」



彼女は思わず乾いた笑いを零す。

先程からこの少年は、駄々をこねて薬を飲もうとはしない。

常ならば毎日投与される薬を何の気無しに服用している大樹だが、何故かこの日に限っては薬の時間になるとベッドに潜ったまま出て来ない。

眉間に皺を寄せ、溜息をつく橋野医師。

するとそこへ、思わぬ助け船が現れた。





――コンコンッ



「大樹、いるか?」



控えめなノックの後の低い声。

大樹は直ぐさま反応した。



「葵だっ!!」


素早くベッドから飛び出し、橋野医師の横を摺り抜けて引き戸を開けた。

葵の姿を確認すると、大樹は安心したように、満面の笑みを浮かべる。



「聞いてくれよー葵っ!」

「こら、兄ちゃんと呼べ。とりあえず落ち着けよ」


ぎゃあぎゃあと騒ぐ弟を宥めるように、葵はその頭を撫でた。

すると、ベッドの前に立ち尽くす橋野医師に気付く。

困ったように笑いながら手を振る彼女に、会釈した。



「こんちわ、由佳先生。…どうかしたんですか?」

「それがさぁ…」

「ゆか先生はオレを毒殺しよーとしてるんだっ!!
それでオレが苦しんでるところを見て『ざまぁ見なさいドロボー猫』って笑うつもりなんだぁーーっ!!」


葵にしがみ付きながら、大樹は身の危険を必死に訴える。

意味の分からない状況に、葵は橋野医師に首を傾げた。



「…なんすか、それ」

「多分、昼ドラの影響じゃないかしら?
ロビーのテレビでも見たらしいわね」



ようやく納得した葵は、大樹を見た。

大樹は葵の服の裾を掴んだまま、テーブルの上の薬を睨みつける。

我が弟ながら可愛気がある、と思った。



「大樹、由佳先生がそんな事するわけないだろ。薬飲まないなら、俺帰るぞ?」

「え!?や、やだ!!」

「じゃあ飲め。せっかく大樹が良くなるようにって由佳先生が持ってきてくれる薬なんだからな」



大樹は不安げに橋野医師を見た。

彼女は眩しい白衣に身を包み、普段通りの笑顔を見せる。

その表情で大樹の誤解はようやく解けた。



「…ごめんなさい、ゆか先生」

「分かれば宜しい。さ、薬飲もうか!」


大樹をベッドに座らせ、薬を飲むように促す。

その際に橋野医師は、葵の手荷物に視線を向けた。

彼が握っていたのは色取り取りの花束。



「綺麗なお花ねー。花瓶用意しようか?」

「あ、お願いします。ほら大樹、これお土産」

「えっ!なになに!?」



薬を飲み終えた大樹はきらきらと瞳を輝かせ、葵が紙袋から取り出す物を見つめた。

それは新品の、車のプラモデルの箱だった。



「すげぇ!!葵、これくれるの!?」

「兄ちゃんと呼べ。後で組み立て方教えてやるから、ちょっと待ってろよ」



そう言って葵は大樹の頭を撫でる。

嬉しそうにプレゼントの箱を眺める大樹を見ながら、葵は一旦病室を出た。


水道で花瓶の水を取り替えていると、同じく病室を出た橋野医師が、葵に話し掛ける。



「さっきはありがとね。葵くんが来てくれて本当助かったわー」

「手間掛けさせて、すいません」

「いいのよ。ドラマを信じて身の危険を感じるなんて可愛いじゃない♪」


あはは、と楽しそうに橋野医師は笑った。


彼女は入院当時からの大樹の担当医で、葵とも付き合いが長い。

年はまだ若い方だが、気取らずサバサバした性格。

その為、桐崎兄弟にとって面倒見の良い姉のような存在だった。



「そういえば今日は来るの早いのね。私服だけど…学校は?」

「あ、今日は創立記念日なんです(嘘)」

「いいわねー、葵くん高三だっけ?私も学生の頃に戻りたいなー」

「なんだかババくさいっすよ、由佳先生」

「ちょっと!これでもまだ20代なんだからね!」



葵の発言に、橋野医師は頬を膨らませる。

そんな他愛もない話をしていると、そこへ数名のナース達がやって来た。

彼女達は葵の姿を確認すると、黄色い声を上げて群がり始める。


「あ、葵くんだぁー!この時間に来るの珍しいっ」

「大樹くんのお見舞いですかぁ?」

「私この間、大樹くんと散歩に行ったのよ♪」



ほぼ毎日のように病院を訪れる葵は、年齢問わずナース達のアイドル的存在だった。


頭脳明晰で容姿端麗。

長身で、少し襟足の長い茶髪にピアスをしている。

そんな見た目とは裏腹に、意外と礼儀正しくてしっかり者。


だが当の本人は、明らかに困った様子で相槌を打っていた。

そんな彼を見兼ねて、橋野医師はナース達を追い払う。


「ほら、葵くん困ってんでしょー!早く仕事に戻りなさいっ!」

「えぇー!橋野先生だけずるーい!」

「何言ってんの、私は旦那持ちなんだからね!」



橋野医師は、去年結婚したばかり。

お相手は他の大学病院の医師だと、葵は聞いたことがある。



「じゃあ私もこのコ達と行くわ。またね、葵くん」

「はい、また来ますんで」



まだ葵と話したそうにするナース達の背を押しながら、橋野医師は笑顔で手を振った。

その後姿を見つめながら葵は小さく溜息をつくと、花瓶に花を生けて病室へと戻った。



大樹の部屋は、数名の子供達と相部屋になっている。

その為、葵のプレゼントしたプラモデルの箱を子供達は興味津々に見つめていた。


「葵っ!早く作ろう!!」

「ああ、皆も一緒にやるか?」

「「うんっ!!」」


葵は取り扱い説明書を取り出し、丁寧に教えていった。

大樹一人では追い付かない作業も、他の子供達と協力しながら車を完成させていく。




この病室の子供達は皆、小児科医である橋野医師の患者だ。

今は楽しそうに笑っていても、それぞれが重い病気を抱えている。

――大樹も、その一人だ。



「できたぁ!!」



一時間後、ようやく車は完成した。

出来上がったプラモデルに夢中になっている子供達を眺めていた葵は、ふと誰かに服の裾を摘まれた。



「おにいちゃん、絵本よんで?」


小さな声の主は、同じ病室のアカリという女の子だった。

葵はアカリの目線に合わせてしゃがむと、優しく頭を撫でる。



「ん、いいよ。何の絵本にする?」

「これ…」



おずおずと差し出された絵本。

その題名は――…







「……にんぎょひめ」



思わず葵は、表情を引き攣らせた。

何故ならそれは、今読みたくない童話bPだから。

夕べの出来事は夢だと信じたいが、今はこの話に触れたくない。



「ほ、他の絵本はないのか?」

「…アカリ、このお話がいいな」


そう言って、アカリは花のように笑った。

その残酷な笑顔に、葵が勝てるはずもなかった。








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