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:Dearest:
夏の想い、空を舞う








「おっせぇな〜…」



ため息と共に吐き出された翔太の呟きが、さっきから何度も耳に入る。


…遅いって言っても、まだ10分くらいしか経ってないんですけど。




「藍那ちゃん、一体何を話してんだよ…。
しかも俺達に聞かれたくないなんて、よっぽどの話じゃねぇ!?
つーか菜摘、さっきからシカトしてっけど俺の話聞いてますかーーーー!!?」




ホントにこのバカは…。




「うるっっっさいわねバカ翔太っ!!!!
ぐだぐだ言ってないでさっさと火ィくらい焚きなさいよ!!!!」



あたしは野菜を切る手を一旦止めて、いつまでもうなだれているバカを叱咤する。


言われたバカは渋々ながらも薪を手に、火を起こす準備を始めた。

動作が遅いっての。




辺りはもうすっかり暗くなって、昼間は人で一杯だった海辺もすっかり落ち着いたみたい。


このバーベキュー場は翔太の叔父さんが前以て予約してくれた場所で、すぐ目の前に夜の海が一望できる。




…こんないい場所で、せっかく二人きりなのに。

あいつは藍那の事が気になって仕方ないみたいだ。




「…バカ」



自分にしか聞こえない声で、そっと悪態づいてみる。

だけどそのバカは、あたしに背を向けて火を起こす事に必死らしい。





気付いて、

気付いてほしい。


あたしはこんなに近くで、ずっとあんたを想ってきたんだよ?




――だけど、



あいつがあたしの気持ちに気付いたら、きっとこの関係は終わる。


あたしは、翔太の傍にいられなくなる。


そんなの、やだ。






――ねぇ、藍那。



やっぱり、あたしは――……






「つーかさぁ…お前、何切ってんの?」

「えっ?」




突然、真後ろから聞こえた声。




条件反射で振り返ると、



そこにはバカ翔太のどアップ顔が。





「あ、な、ななな何っ!!?」



何でこんなに密着してんの!?

ていうかいつの間に!?



「何、じゃねぇし。
…そんなもんまで鉄板で焼くつもりか?」

「へ?」




至って冷静に、翔太はあたしの手元を指差した。


そこには完璧に切られたバーベキューには必須の野菜の面々。





…と一緒に並べられた無残な形の“たわし”。



「あ、やば…」



考え事してたから無意識に手が動いちゃった。


…これってバーベキュー場の備え付けのたわしよね。




「ま、いっか」

「よくねぇし!!」



ぶはっ、と真後ろで翔太が盛大に吹き出したので、怒ってやろうと振り返った。




「あっははは!!
菜摘、お前ホントそーいう大雑把なトコ変わんねぇな!!」



笑ってる、翔太が。



「たわしを包丁で切る奴初めて見たぜ。
しっかりしろよ〜クラス委員長っ!」

「な、何よ!!今そんなの関係ないでしょ!?」

「関係大アリだもーん!
たわし委員長の仕切る俺らのクラスは、たわしクラスって呼ばれちまう!」

「たわし委員長って何よそれ!!
“だもーん”とかキモいし!!」



屈託のない、笑顔。


昔から変わらない、暖かさ。




…ああ、


あたしやっぱり、この鈍感バカが好きだ。




「はぁ〜、おっかし…」

「翔太」

「ん?何だよ、たわし委員長」




…まだ笑う気か。


気にせずに真直ぐ翔太を見つめた。

あたしの真剣な視線に気付いたのか、翔太は漸く落ち着きを取り戻した。




「翔太さ」

「な、何だよ」

「藍那の事、好き?」

「は、え!?なんで!?」



的を射たあたしの問に、翔太はバカ正直な反応を見せた。


…うん、結構傷付くな。




「藍那のどこが好きなの?」

「…菜摘ちょっと待て。お前どうした?」

「美人だから?スタイルいいから?女の子らしいから?髪が長いから?」

「だから待てって…、何でそんな目がマジなんだよ!」

「真剣に聞いてんだからちゃんと答えなさいよっ!!」




しん、と嫌な静寂があたし達を包んだ。



周囲がバーベキューを楽しんでいる中で、

あたし達の場所だけが、別世界みたいだった。




「菜摘」



翔太の低い声が、聞こえる。

あたしは俯いたまま、思わずビクッと肩を揺らしてしまった。




「俺さ…藍那ちゃんの事…」




何よ、何なの?


そんな改まった声で、


藍那の名前、呼ばないでよ―――…










「お、いたいた」

「菜摘〜、翔太くんっ!!」




その時。


幸か不幸か、その嫌な空気を打ち破るかのような明るい声が聞こえた。


息を切らしてこちらに向かってくる、見知った二人。

藍那と…葵くん。




「ごめんね、遅くなっちゃって…私達も手伝うよ」



無邪気に笑った藍那の顔に、何だかとても癒された気がした。



藍那は、翔太の好きな女の子。

だけど、それ以前にあたしの大事な友達。


憎んだり、疎んだり、
出来る訳がない。



「…どうか、したか?」




暫く微動だにしなかったあたし達の様子に気付いたのは、成績学年トップの葵くん。


…さすが、鋭い。




「何もないわよ。ね、翔太」

「え?ぉ、おう…」



…それに比べてこの男は。

ちょっとは葵くんのポーカーフェイスを見習いなさいよ。

分かりやす過ぎだっての。



「さ、お腹空いたでしょ!!
お肉も野菜も一杯あるから、どんどん焼いて〜♪」

「わぁっ!私、バーベキュー初めて!!」

「え、マジ?」



何事も無かったかのように、四人でバーベキューを始めた。





楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。


もっと、皆でこうして笑っていたいのに。

もっと、翔太と一緒にいたいのに。






翔太はスポーツ推薦で体育大学を目指している。

あたしは都内でも割とレベルの高い女子大の、外国語学科。







小学校からずっと一緒だったのに、


あたし達の別れ道、もうすぐそこまで来てる。



この夏が終わったら――…





「藍那はさ、進路どうするの?」



夕食の片付けをした後、あたし達は海岸で花火を始めた。


翔太と葵くんが打ち上げ花火で夢中になっている中、あたしは藍那にずっと気になっていたことを聞いてみた。



「え、進路?…うーん…」

「…ちょっと、まさかフリーターなんて言うつもりじゃないでしょうね」



今のご時世、手に職は必須よ!?


そう念を推すあたしに、藍那は苦笑しながら話し出した。




「…ホント言うとね、まだしなきゃいけない事があるの。
それが終わらない限り、自分のこれからの事は考えられない、かな」

「何、それ」

「ごめん、言えない」



もう一度、ごめんねと言って藍那は困ったように笑った。


このコは転校した時から、どこか浮世離れしてたのよね。

頭いいのに何故か世間知らずで、美人だから余計にクラスメートから近寄りがたく思われてた。


友達になった今でも、あたしは彼女が何を考えてるのか分からない時がある。





でもきっと、藍那は藍那なりに考えある。

それはまだ、あたしが踏み込んでいい領域じゃない気がしてたんだ。




「藍那、あたしに出来ることあったら何でも言って」

「菜摘…」

「あたしは藍那を応援してるからね」




「ありがとう…」




嬉しそうに、

本当に嬉しそうに微笑んだ藍那は、すごく綺麗だった。




同時に言葉を無くしたあたし達は、浜辺に並んで体育座りをした。


そして、向こうではしゃいでる男二人を見つめる。




あー…、翔太が花火両手に持って振り回したせいでTシャツ焦がしたみたい。


本当、バカ。




それに比べて、葵くんは大人だなぁ。


高一の冬にご両親を事故で亡くしてから、確か今は一人暮らしなのよね。

歳の離れた弟さんは入院してるって話だし、本当に偉いと思う。


…同い年でも、長男と末っ子ってだけでこんなに違うものかしら。







そんな他愛のない事を思っていた、その時だった。




「好きでいて…いいかな」



一瞬、微かに。

本当に小さな呟きが隣から聞こえた。



それに反応したあたしは、何の気なしに藍那を見た。


――見てしまった。






「…あ、いな…」

「え、何?」




首を傾げて、きょとんとした表情を見せる藍那。


いつもと変わらない、あたしの親友がこちらを振り返った。




「あ、いや…何でもない」

「そう?」




夜の海岸は、昼の真夏日からは想像できない程寒かった。


灯りもなくて暗いし、潮風も若干目に染みる。






だからきっと、見間違いだ。








葵くんを見つめていた藍那の瞳が、


海のように蒼く光っていたなんて。







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