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:Dearest:
身勝手で、我侭な人魚
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――――――
―――







「葵っ!!」




慌しい足音と共に、勢い良く部屋の扉が開かれた。

現れた翔太と芹澤は、肩で息をしながらこちらにやって来る。

心配そうな表情で二人が見つめる先には、布団に横たわり、気絶している神永の姿。




「藍那が倒れたって…本当だったの?」

「葵!何があったんだよ!?」




二人は落ち着きを無くしたように俺に詰め寄ってくる。

…俺だって、状況が分かんねーよ。






「特に異常はないから大丈夫だよ。
…多分、暑さにやられたんじゃね?」

「…そっか。だから藍那、よくボーっとしてたのね」

「はぁ…、良かったぁ」



途端に二人は落ち着きを取り戻し、安心したようにその場にへたり込んだ。









…あの時、海に入った瞬間。

神永の動きが止まって、瞳が蒼く光り始めた。

そして途端に気絶してしまった彼女を、俺は民宿の部屋まで運んだ。





彼女の瞳が変色する時は、前世の記憶を思い出している時。

…だけど、今回は様子がおかしい。








なぜなら、俺の事をハンスって呼んだから。







「――…こんな時に、アイツどこにいるんだよ」

「え?何か言ったか?」

「いや…、別に」




あいつ――ノヴァの事だ。

いつもはウザいくらい神永の傍を憑いて離れないくせに、今日は一回も姿を見ていない。

あいつなら、何か知っている筈だ。















「――…う、ん…」

「藍那!?」




その時、眠っていた神永が小さく唸り声を上げた。

うっすらと開かれた瞳は、いつも通りの茶色。

俺は少し、安堵した。




「あ、れ…?私…?」

「藍那、日射病で倒れたのよ!!
葵くんがずっと看病してくれたんだから!」

「いや、俺は…」




別に何も、と言おうとした瞬間、神永と視線が合った。

彼女は俺の顔を見るなり、気まずそうに顔を背ける。




「そっか…、ありがと」

「…ああ」







『愛しています』




真顔でそう言われた事を思い出して、少し照れ臭くなった。

向こうは、さっきの事覚えてるのか?






「あ、ねぇ!お腹空かない?
これからバーベキューしようって話してたんだけど、藍那…大丈夫そう?」

「…うん、大丈夫だよ。
確かに、お腹空いちゃった!!」




芹澤の提案に、神永は明るく返事をした。





「おっし!じゃあ早速準備しよーぜ!
葵、鉄板運ぶの手伝え!!」

「あ、あの…っ」



張り切る翔太の言葉を遮ったのは、神永だった。

その場にいる全員は、彼女に視線を向ける。








「葵くんに…話があるんだけど」

「…え?」




俺に、話?




「ごめん…二人は先に行っててもらえるかな?すぐ行くから!」

「い、今話さないとダメなのか?」

「…ごめん、お願い」




申し訳なさそうに俯く神永。

その言動に、俺も翔太も戸惑った。




「…分かった、行くよ翔太」

「はっ?お、おい菜摘!!」




芹澤は、まだ納得してない様子の翔太を引き摺っていく。

俺はただ、二人が退室する様を呆然と見つめていた。














沈黙が、流れる。


話って…何だ?

わざわざ心配してくれた二人を追い出してまで、言いたい事でもあるのか?


俺は緊張気味に、神永の言葉を待った。

だが彼女は下を向いたまま、いつまでも口を開こうとはしない。






「…具合、ホントに平気か?」

「えっ?あ、うん。…ホントに平気」



沈黙に耐え切れなくなって切り出した会話も、即終了。

再び沈黙が流れた。





すると、突然。









「――…ごめんなさい」

「え?」

「わ…私、変な事言っちゃったよね?
気絶までしちゃって、迷惑掛けて…」




何度も何度も、彼女は頭を下げてくる。

神永…なんか今日は、俺に謝ってばっかだな。





「いいって、迷惑だなんて思ってねぇし。
…人魚の生まれ変わりってのも、大変だな」



あ、なんか今の他人事みたいだな。

訂正しとくか…。




「いや、まぁ…。全部俺の前世が悪いんだったな」




ホント、何考えてたんだよ。

童話の王子の癖に、主人公の女傷付けやがって…。





「違うの…。ホントに、ごめん」

「また、もういいから」

「あのね、私…自分の間違いに気付いたの」





…間違い?






「私は産まれて一年くらいしてから、ノヴァにユリアの生まれ変わりだと知らされたの。
それまでは普通に学校に通って、何不自由なく暮らしてこれたのに…。
“私”という存在は…何だったんだろうって思うようになった」





ぽつり、ぽつりと過去を語り始める。

俺は黙って、彼女の話に耳を傾けた。





「元凶は全部、貴方にあると思ってた。
過去の貴方がユリアの想いに気付いてさえいれば、私が傷付く事もなかったのに、って。
どうせなら貴方に復讐してやろうと思って、近付いた」

「…俺のせい、だもんな」

「でも、違ったの!!」






辛そうに顔を歪め、神永は俺を見る。

今にも泣きそうな、悲しい瞳。






「悪いのは…全部、過去の私。
ユリアが臆病だった、せいだよ」





――勝手に貴方を好きになり、傍にいたいと願ってしまった。






「人魚ユリアの最後の悪あがき…。それが、今の私よ」

「神永…」

「私、怖いよ…。
自分が神永藍那じゃなくなるみたいで。
ユリアとしてじゃなく、運命とかそんなものに踊らされる人生じゃなく。
…私の人生を、生きたいよ…っ」










頬を伝う、沢山の雫。


初めて、神永の涙を見た。















――ぐいっ!!


「あお…っ」







気付いたら体は勝手に動いて、彼女を抱き締めていた。


こんな小さな身体で、たった一人で…。



沢山、苦しんだんだ。









「お前は、ユリアじゃない」






自分の足を見てみろよ。

どこに魚の尾鰭があるんだ?

お前は、お伽噺の人魚じゃない。








「人魚は、泡になって消えたんだ。
それで物語の終わりだろ?」

「葵、くん…」

「前世とかそんなもの、関係ねぇよ。
俺が知ってるお前は、ユリアじゃない。
――…藍那、だよ」

















時折、思ってたんだ。






人魚姫の想いは、本当に純粋で…真っ直ぐで。

だけど死んでからも王子を追い回すのなんて、本当に自分勝手な女だって。







人生は、一度きり。

二度目のチャンスが訪れるなんて、有り得ないんだ。







だったら俺は身勝手な人魚の思い通りになんか、ならない。


神永藍那という女が生まれ変わりなら、俺は意地でもこいつに心を奪われないって決めてた。













でも、もし彼女が人魚じゃないと言い張るなら。


もし彼女が、自分の意思で生きたいと願うなら。











俺は彼女を、



好きになっても、いいのだろうか――?











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あきゅろす。
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