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:Dearest:
心の底に秘めし声
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――――――




「あっちぃ…」



いくら日陰と言えど、この砂浜特有の蒸し暑さは凌げない。

温暖化、結構やばいとこまできてるんじゃねぇの?

そんな事を思いながら、手に持ってる団扇を使って微弱な風を自分に送った。



民宿に荷物を置いた俺と翔太は、海の家で女性陣を待っていた。

周りを見渡せば、人、人、人の波。

…真夏の海は、流石に混むな。



「葵、どうした?ぼーっとしてさ」



すると隣りから、明るい翔太の声が聞こえた。



「…俺が暑さに弱いの知ってるだろ」

「あー…、お前夏は暑がりで冬は寒がりだもんな」



翔太の言う通り、俺にとっての適温は24度らへん。

それ以上や以下だと、自然と口数も減っちまう。


その時、店の奥から叔父さんと直輝さんが顔を出した。



「葵くんは若いのに年寄りじみてるなぁ、ほらよ」

「あ、ありがとうございます」



叔父さんは明るく陽気な態度で、冷たい飲み物を出してくれた。

直輝さんは俺達のやり取りを見ながら笑っている。



「じゃ、俺いったん帰るな。
明後日の昼頃にまた迎えに行くから」

「え?直輝さん帰るんですか?」

「今日は彼女の誕生日なんだよな〜、兄ちゃん?」



そう言ってニヤニヤと笑う翔太の頭を、直輝さんは「黙れ」と照れながら叩いた。



そっか…。

わざわざ俺達の為に送迎してくれたのか。



「…すみません、お世話になってしまって」

「はは、いーのいーの。
葵くんはホント律儀だなぁ。
その代わり、翔太の面倒見てやってくれよなっ」

「おいっ!俺は子供か!?」



そう言って翔太と直輝さんがじゃれてる光景を、俺は複雑な心境で眺めた。


こんな時、いつも思うんだ。

早く大人になりたい。

一人じゃ何も出来ないガキなんか、卒業したいって。






「葵くん?」



その声に呼ばれて、ハッと我に返った。



「神…永…」

「どうしたの?気分でも、悪い?」



突然現れた彼女は、俺の顔を覗き込んでくる。

何だか照れ臭くなって、パッと視線を逸らしてしまった。


すると、翔太の明るい声が耳に入る。



「藍那ちゃんっ!!……と菜摘」

「ついでみたく言うなっ!!」



隣りに立っていた芹澤は、思いっきり翔太をどついた。

…あれは、痛い。



「いってぇーな!菜摘!!」

「あらごめんね〜?つい力入っちゃった」

「もう菜摘っ!!」



いがみ合う二人に、神永は慌てて駆け寄った。

未だ顔を引き攣らせる芹澤を引き寄せて、何か耳打ちをしている。


あいつ、一体何を言ったんだろう。

途端に芹澤は渋々大人しくなった。


すると翔太はある事に気付き、声を荒げる。



「てゆーか藍那ちゃん!水着可愛いっ!!」

「え?そ、そう?」

「どこ見てんのよ!!このエロ男!!」



――ドスッ!!

翔太が自然と零した発言に、再び芹澤がどつき始めた。

…今度は鳩尾、か。



「…あーもう、せっかく協力してるのに…」

「協力?」



神永の呟きに、俺は反応した。

すると彼女は俺の顔を見て、何かを閃いたような表情をした。

こっちに駆け寄って、勢い良く椅子から立たされる。


――ガタッ!!



「じゃ、私達泳いでくるねっ」

「へ?」

「ちょっ…藍那!!」



え、え、え?

こいつ、どうした?

訳が分からなくて固まったままの俺を引きずるように、神永は海の家を後にした。





―――――――――
――――――




海の家が既に遠ざかってしまった頃。

ようやく我に返った俺は、未だ引っ張り続ける神永の手を振り払った。



「ちょ、待てよ!!」

「え?」



え?じゃねぇし!



「何なんだよ、一体!?」

「あ、ごめんね。でも二人っきりの方がいいかなーと思って」



それってつまり…。



「俺と二人っきりになりたかったって事?」

「へっ?あ、ち、違うの!葵くんじゃない!!」



…俺じゃないって何だよ。

言葉、足りてねぇし。



「…菜摘と、翔太くんの事よ」

「何で二人っきりにする必要があんの?」



神永は気まずそうに目を泳がす。

そして、口を開いた。



「菜摘、翔太くんのこと好きなの」



――…マジ?



「どうしてもケンカ越しになっちゃうから、いっそ二人っきりにさせてあげちゃおうと思って。
そしたら仲直りもしやすいだろうし!!」

「お前、さぁ…」



呆れて物も言えない。

俺は神永に聞こえるように大きく溜息をついて、頭の後ろを掻いた。



「あいつらの性格考えろよ。
いきなり二人っきりにしても、ケンカが酷くなるだけだと思うぞ」

「そう、かな?」

「…ったく、余計な事すんな。
何もしなくても、あの二人は平気だよ」



神永は首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。

俺は構わず浜辺を歩き出す。

人ごみが邪魔で、進みにくい。



「葵くん!どこ行くの?」

「どっか日陰で休む」

「…せっかく海に来たのに、泳がないの?」



その一言に振り向いて、神永を見下ろす。

彼女は驚いた表情をしていた。


…当然だ。

自分でも、不機嫌な顔してるのが分かるから。



「遊びたいなら、一人で遊べば」



そう言って、彼女を残してその場を立ち去る。




『藍那には家族さえも存在しないわ。
だからこそ、自分も知らないうちに恋しがってるんじゃないかしら?
病気だった母親も、懐かしい海も…』


前世の身勝手な我侭によって産まれた人間。

そんな事言われたら、誰だって前世を怨むさ。


可哀想だと、思ったんだ。

俺の前世が関係してるなら、尚更申し訳ないと思ったんだ。


なのに、俺は何をやってるんだ?

一人で勝手に機嫌悪くして、彼女を遠ざけた。



この時、色んな苛立ちが募っていた俺は、気付けなかった。

神永が、とても悲しい顔をしていた事に。















――私、何してるんだろう。


菜摘と翔太くんの仲を取り持とうとして、その行動で葵くんを怒らせてしまった。

私と二人っきりになりたくなかったって事、かな。


…そうだよね。

こんなおせっかいな女なんかと、一緒にいたくないよね。

ましてや執念深く過去にこだわって、現世でも付き纏ってるんだもん。

気味悪い、よね。



「…私、バカだなぁ」



前を見ても、もう彼の背中は見えない。

周りには人ばっかりで、ここに立ち尽くしてると通行人の邪魔になってしまう。


ゆっくりと浜辺の隅に移動して、座り込んだ。

太陽が反射する海が、眩しい。



「…この海の底に、人魚の王国があるのね」



うっすらと記憶に残ってる。

貝を集めて、真珠のアクセサリーを作った。

魚達と戯れて、大好きな歌を歌ってた。


もう、戻れない、過去。

幸せだった頃の私の世界。




「ねぇ、何してんの?」



突然肩を叩かれて、正気に返った。

座り込んでる私の周りに、いつの間にか知らない男の人が二人立っていた。



「キミ、一人?友達とはぐれちゃったとか?」

「えっと、はい…」

「でもこの人込みだし、見つけるの難しいよね。
折角だし、俺らと遊ばね?」



何なの、この人達。

馴れ馴れしく肩に手を置かれて、物凄く不快な気分になる。



「…いえ。すぐ見つかるので結構です」

「ちょっとだけでもいーじゃん!!
てゆーかキミ、超タイプだし!!」



…隣り、座らないでよ。

この人達の態度が嫌になって、立ち上がろうとした。

すると、すかさず一人が腕を掴んで、引き止めた。



「ちょっ…離してよ!!」

「ケー番教えてくれたら離す♪」



はぁ?ふざけないでよ!!

抵抗しても、腕の力は強くて離れない。

どうしよう、怖い。



「ご飯食べ行こ!よし決まり〜♪」

「やだってば!!」



やだやだやだ。

怖い、よ――…っ








「じゃ、俺もメシ連れてってよ」



聞き慣れた声に、顔を上げた。



「は?誰、お前?」

「あんたらこそ誰だよ。俺の連れに気安く触んな」



あ、おい…くん?



「メシ奢ってくれんなら、俺も行くけど」

「ちっ、ふざけんなよ。男連れか…」



私の手を解放すると、二人は人込みの中に消えていった。

私は呆然と、葵くんの顔を見つめる。



「はぁ…あんな古典的なナンパに引っ掛かってんじゃねーよ」

「ごめん…」

「それと、そのカッコ」



突然、葵くんは着ていたパーカを脱いで私に差し出した。

訳が分からないけど、とりあえず受け取る。



「泳がねぇ時は、着てろよ」

「水着…似合わない、から?」



15歳の時に産まれた私は、今まで一度も泳ぎに行った事がなかった。

今着てる青いビキニは、この旅行の為にわざわざ菜摘と買いに行ったの。

こんなの恥ずかしいって思ったけど、今時の女の子はこのくらいの露出は普通だって言うから…。


やっぱり、似合わないよね…。



「似合うとか、似合わないとかの問題じゃなくてさ」

「じゃあ…何の問題?」

「…お前、実は天然?」



葵くんの言葉の意味がよく分からない。

首を傾げていたら、もういいって諦められた。



「とにかく、それ着てろ」

「ありがとう…。でも、どうして…」



どうして戻って来てくれたの?

私、さっき怒らせちゃったのに…。



「あのさ、悪かった」

「え?」

「勝手に機嫌悪くして、置いてってごめんな」



葵くんはバツが悪そうに、頬を掻く。


そんな、どうして?

葵くんが悪い訳じゃないのに。



「私こそ、ごめんね。
勝手におせっかい焼いて、連れ出して…。
葵くんの気持ち、考えてなかった」

「いや、俺が機嫌悪くしたのはそこじゃなくって」



え…じゃあ、何?

もう一度、さっきの場面を思い返してみた。





『葵くん!どこ行くの?』

『どっか日陰で休む』

『…せっかく海に来たのに、泳がないの?』




「…休もうとしてたの、引き止めちゃったから?」

「そーじゃなくて…」



じゃあ何なの?

どうして機嫌悪くしたのか、私には全然分からない。



「泳ぎたく、なかったの?」

「…まぁ、そんなとこ」

「海に来たのに…なんで」



そこで、感づいてしまった。

彼は頬を赤く染めながら、視線を逸らす。



もしかして、もしかしなくても。




「葵くん…泳げないの?」

「う、うるせぇな!!別にカナヅチでも生きていけんだよ!!」



葵くんが…。

成績優秀でスポーツ万能で容姿端麗でいつも冷静で余裕そうな、ミスターパーフェクトな葵くんが…。




カナヅチ。




「ぷっ…あははははっ!!」

「てめぇ笑うな!!」

「ご、ごめ……なんか、意外すぎて…っ」



ツボに入ってしまった私は、なかなか笑いを抑える事が出来ない。

彼はそんな私に、再び機嫌を悪くしてしまったようだ。



「…だから嫌なんだよ、海は」

「じゃあ、どうして行くって言ったの?」

「それはお前が…っ」



そこまで言って、葵くんは口を閉ざしてしまった。



「私が…何?」

「…別に」



そう言って、彼はそっぽを向いてしまった。

もしかして、また怒らせちゃったかな?



「ね、葵くん!」

「…何だよ」

「一緒に泳ごう?」



そんな私の誘いに、葵くんは今度こそ絶句してしまった。

すごーーく不機嫌そうに見えるのは、私の気のせいって事にしとこう。



「…お前、俺が泳げねぇって知った上で言ってんのか?」

「だって“私”は泳いだ事ないんだもん。
一人じゃつまらないし、菜摘達はどこにいるのか分からないし…」



藍那として生まれ変わってから、私は一度も水に浸かった事はない。


もしかしたら、私もカナヅチかもしれない。

そう考えたら、無性に泳いでみたくなった。



「ね、浅い所までなら良いでしょ?
せっかく海に来たのに、見てるだけなんて勿体ないよ!」

「わっ!ちょっと待てって…」



無理やり葵くんの腕を引っ張って、波打ち際まで走った。



足に伝わる、海の感覚。

その心地よさにハッとした――…その瞬間。




――…ドクンッ!!


葵くんと繋いだ手に、電気が走るような衝撃が走った。

そして、次々と脳裏に映像が流れ込んでくる。






深い海の底にある、人魚の王国。

貝殻を集めて、真珠のアクセサリーを作った。

魚達と戯れて、大好きな歌を口ずさんだ。



――…そして、15歳の誕生日。

難波した船を見付けた。

“泳げない人間”を岸まで運んだのだ。



それらは全て、『神永藍那』の記憶ではない。

人魚ユリアの、もの。





「神永…?」



さっきまで楽しそうに海に興味を示していた彼女が、突然制止した。

…何だか様子がおかしい。


気になって、彼女の顔を覗き込んでみた。



「あ…」



瞳の色が、また変わっている。


深い蒼。

瑠璃色…って言うんだろうか。


“神永の瞳が変わる時は、ユリアの記憶に反応している。”


ノヴァの助言を思い出した俺は、ただ黙って神永の様子を見守るしか出来なかった。



「――…笑って」

「え…?」



急に発した神永の声は、震えていた。

彼女がゆっくりと俺に手を伸ばしてくる。

細い指が、頬を掠めた。



「お願いします、笑って下さい…」

「神永…?」



――そんなお顔をなさらないで。

貴方を悲しませたい訳ではないのです。


笑って、下さい。



「神永…大丈夫、か?」

「私…私は…っ」



彼の大きな掌が、私の肩を支えてくれる。

ああ、貴方は此処にいるのですね。

私と同じ場所で生きているのですね。


貴方に会いたくて、
どうしても、貴方に触れたくて…。


私は、全てを差し出したのです。



「かみ…なが」

「愛しています、ハンス様――…」




私は、お伽噺の人魚姫。

嵐の海で、死にかけた貴方を助けました。


気を失った貴方のお顔は、本当に綺麗で…


私は、貴方に恋をしてしまいました。








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