[携帯モード] [URL送信]

:Dearest:
ここに咲く、小さな恋の花
―――――――――
――――――





『どうだ、ユリア。美しい海だろう?
この海は人魚が住んでいる、という伝説がある程に大切にされているんだ』


『はは、幻想だって笑うかな?
でも…たとえ伝説でも、俺は信じているんだ』








「あ、い、なー?」

「――…へっ?」



ここは、案内された民宿の部屋。

荷物整理をしながら海を眺めていたら、いきなり菜摘が私の顔を覗き込んできた。

驚いて正気に戻ると、彼女は盛大に溜息をつく。



「もぉー!せっかく海に来たのに、さっきからボーっとして!!
夏バテでもした?」

「そ、そんな事ないよ!元気元気っ」



笑ってみせたけど、菜摘は納得してないみたい。

このコ、変に鋭いからなぁ…。



駄目、なんだ。

海を見てると色々思い出してしまう。

ユリアと私は別物、って思いたいけど……嫌でも昔の記憶が戻ってくるんだ。




貴方と浜辺を散歩したこと。

二人で夜の海を眺めたこと。

そして、貴方を想って消えたこと――…



「…前に好きだった人を思い出してたの。
結局フラれちゃったんだけどね」

「えっ!!藍那をフる男なんていたの!?」



…いたよ、大昔に。

今も現代に残るような、大失恋だったんだよ。


そう思っていたら、菜摘は何かを理解したように頷きだした。



「なるほど、昔の失恋を癒すには新しい恋をするのが一番だもんねっ!
だから手っ取り早く“彼”との距離を縮める為に、海に来たんでしょ?」

「…何の話?」

「え?葵くんの話。藍那好きなんでしょ?」




葵、くん?




「…私が誰を好きだって?」

「藍那、葵くんのこと好きじゃないの?」



――…はぁっ!?

思いも寄らない答えに驚いて、私は思わず畳から立ち上がって抗議した。



「な、なな、なんでそうなるの!?」

「え、違うの?だって学校でいつも自分から葵くんの所に行ってたから」



あれはただ、ハンス様の生まれ変わりがどんな人か気になっただけだ。

そう言いたいけど、言える訳がない。



「とにかく、好きとかそんなんじゃないからっ!!」

「…じゃあ、翔太?」



…??

さっきから菜摘の言いたいこと、理解できないんだけど…。



「…いいんじゃないの?あいつも藍那のこと気に入ってるみたいだし」

「菜摘、ちょっと待って」

「翔太いい奴だよ?ちょっと…いや、かなり手間は掛かるけど優しいしさ!!」

「待ってってば!」

「だから、さ――…」



思わず制止の声を、止めてしまった。

気が強いあの菜摘が…


泣いて、る?



「っ…だから、翔太だけは取らないでよ…」

「な、菜摘…?」

「藍那はいいコだけど…っ、翔太は渡したくない、よ…」



菜摘…?

もしかして…。



「翔太くんのこと、好きなの?」



そう訊ねると、
彼女は涙を拭いながら、小さく頷いた。



なーんだ。

私は思わず吹き出してしまった。



「ふふっ…、ねぇ菜摘?
勘違いしてるみたいだけど、私は翔太くんのこと、そんな風に見てないよ」

「…ほ、んと?」

「ほんと。だから翔太くん取ったりしないよ」



そう言ってあげると、菜摘は本当に安心したように溜息をついた。

すると自分の頬を伝う雫に気付いて、改めてタオルで拭う。



「そっかそっか、二人お似合いだよ♪」

「…そんなこと、ないよ。
小さい頃から一緒だったけど、翔太はあたしのこと眼中にないって感じだし」



そう、なのかな?

菜摘って可愛いのに。



「あいつさ、小動物みたいな守ってあげたくなるコがタイプなの。
それでいっつも女に騙されて、無残にフラれてくるわけ。
それでも懲りずに、おんなじタイプのコばっか目で追っかけるのよ」

「逞しいというか、何というか…」

「あたしは真逆のタイプでしょ?
男に媚びるのイヤだし、守られるのも嫌い。
あいつがあたしの気持ちに気付くことなんか…ないんだよ」



そう言った菜摘の横顔は、本当に寂しそうだった。


好きなのに、傍にいるのに。

想いが伝わらない、なんて。


でも、それは――…



「気付くなんて…無理だよ」

「藍那?」

「言葉にしなきゃ、分からないことだってある」



そうよ、菜摘には“言葉”が足りない。

一歩踏み出す勇気が出せれば、きっと彼も意識してくれる!!



私は思いっきり立ち上がって、ガッツポーズを作った。




「あ、藍那?」

「勝負しよう、菜摘」

「…勝負?」



困惑気味に菜摘は私を見上げてくる。

だけど、私は構わず喋り続けた。



「この旅行中に、翔太くんに告白するの!」

「はぁ!?む、むむむ無理だよ!!」

「無理って思ってたら、菜摘の恋はずっと片思いのままだよ?
後になって後悔しても遅いんだから…、伝えられる事は今伝えなきゃ!!」



今年は菜摘も大学受験を控えてる。

勉強の息抜きで来てるこの旅行中こそ、伝えるチャンスよ!!



「ど、どうせフラれるのがオチよ…」

「そんなの分からないでしょ?
それとも菜摘は、このまま翔太くんが女の子に騙される人生送っててもいいって言うの!?」

「それは…イヤ」

「じゃあ言おう、言って楽になっちゃおうよ!」



騙され続ける人生なんて…ちょっと翔太くんに失礼な気もするけど。

すると、菜摘も決心したように立ち上がった。



「…分かった。言う」

「菜摘!」

「このままあんな馬鹿のせいで悩み続けるなんてイヤだもん!!
言って、フラれたら殴ってやるんだから!!!」



…菜摘、それちょっと怖いよ。


そう思いながらも、私は意気込む菜摘の姿を見て嬉しくなった。




伝えたい事は、伝えられる時に言わなくちゃ駄目。

後悔したって遅いんだから。

好きな人が他の人と結ばれる光景なんて、見たくないから。



菜摘にはね、ユリアみたいに悲しい想いはしてほしくないの。



小さな恋の花は、まだ蕾だけれど。

きっと、綺麗な花を咲かせるよ。









[前へ][次へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!